「そろそろ書庫のお掃除に行ってくるわ」

 その一言を聞いた途端、ターニャは足早にティアリーゼの側へと近付いた。
 長椅子に腰掛けていたティアリーゼは立ち上がる。

「またお掃除をなさるおつもりですか?」
「前回は、ユーノさんの件であまりお掃除が出来なかったから、今日は張り切っているの。あ、ターニャは無理に付き合ってくれなくても良いのよ?わたしが勝手に決めたことなのだから」
「いえいえいえ、お嬢様だけにお掃除をさせる訳には参りません。お嬢様がその気なら、わたしも何としてもお供させて頂きますよ!」

 前回同様に掃除道具一式を用意し、二人は書庫へと向かった。

 ティアリーゼが箒で掃いた物を、ターニャの持つ塵取りの中へと入れていく。二人で協力しながら掃除を進めていったその時。
 扉の開く音と共に、二人分の能天気な声が響き渡った。

「何やってるんだ?」
「む、また掃除をやっているのか」
「掃除〜?」

 ミハエルとユーノだ。
 ミハエルの肩に座ったユーノは、訝しみを含んだ瞳をティアリーゼに向けた。
 今日のユーノは背中の羽を使わず、ミハエルを移動手段として使っているらしい。二人はいつの間に仲良くなったのだろうか?ティアリーゼの目から見て、随分と打ち解けているように見える。

(いつの間に……)

 微苦笑気味なティアリーゼに、ユーノが疑問を声にする。

「あんた貴族のお嬢様なんだろ、何で掃除なんかしてるんだ?」
「は、はい。ですがこのお城は使用人の数が少ないので、わたしも何かお手伝い出来ることがあれば、させて頂きたいと思っておりまして……」
「何!?ユリウスは婚約者(仮)である貴女を使用人のように扱っているのか……!」
「えっ……」
「断じて見過ごす訳にはいかないな。今から奴にどういう了見か問い質さねばならん」
「待って下さい!」

 憤然としながら部屋を出ようとするミハエルを引き止めたい一心のティアリーゼは、咄嗟に彼の着ている上着を掴んでしまった。上着を引っ張られたお陰で、ミハエルはバランスを崩し、そのまま床に倒れこむ。

「おわっ!?」

 ティアリーゼの顔は一気に青冷めた。
 隣国の王子の上着を引っ張った挙句、転倒させてしまうとは──。

「きゃぁぁ!申し訳ございません、ミハエル殿下っ」
「おーい、王子様。大丈夫か〜?」

 ミハエルが倒れる寸での所でひらりと背中の羽で舞い、難を逃れたユーノが声を掛けると「だ、大丈夫だ。問題はない……」と言いながら、ミハエルは身体をおこした。

 不敬な行いに対して、微塵も咎める気配のないミハエルの優しさと、懐の広さに感銘を受けつつティアリーゼは深く謝罪した。