羊毛生産の盛んなこの国では、編み物が貴族女性の嗜みの一つとなっている。

 この日もティアリーゼは棒針を手に、編み物に勤しんでいた。静かな別棟にいると、つい没頭してしまいがちになる。

 完成間近となると尚更熱中し、呼び掛けられるまで侍女に気付かなかった程だ。

 ようやく顔を上げたティアリーゼは、侍女を視界に写した途端、慌てて立ち上がった。
 本日は来客があるため、直ぐに準備をしないといけない。

 用意されたドレスに着替えさせられ、そして艶やかで真っ直ぐなピンクゴールドの髪が、侍女によって丁寧に梳かされていく。左右にはリボンが飾られた。

 姿見の前に立ち、映し出された姿を確認した。
 普段は簡素なドレスで一日を過ごす事も多く、着飾った自分の姿を見るのは新鮮で、年頃の令嬢らしく心が喜色を浮かべる。
 そんなティアリーゼに、侍女のリタが満足気に声を弾ませる。

「お美しいですわ、ティアリーゼ様。流石クルステア公爵家のご令嬢」
「励ましてくれてありがとう、お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞などとんでもございません。ティアリーゼ様こそ、公爵家の大事な姫君。
 ティアリーゼお嬢様に比べたら、マリータ様は何もかもが劣ります」
「駄目よ、そのような言葉を口にしては。誰かに聞かれでもしたら、貴女の立場が悪くなるわ。それに、マリータだってお父様の大事な娘なのよ」
「たまには愚痴くらい吐きたくもなりますよ」

 腕を組みながら嘆息するリタは、基本的に本館にて日々の仕事をこなしている。
 だからこそ、日頃身近にいるマリータに対しての不満が、蓄積しているようだ。

 サバサバとした性格の侍女のリタとは、気兼ね無く話せる間柄である。彼女の存在に、ティアリーゼはとても救われていた。

「さ、お嬢様、そろそろお時間ですわ」
「ええ」

 リタはミランダから別の用事を言いつけられていたそうで、別棟に来る時間が予定よりも遅れていた。
 それでも手早くティアリーゼの着替えを手伝ったり、髪を整えてくれた。
 お陰で結果的に、時間に余裕を持って支度を終えられることができた。