晩餐までの間、ティアリーゼは編み物などをして過ごしていた。暫くするとエマに呼ばれて、すぐにダイニングへ足を運ぶ。ユリウスとミハエル、そしてイルが既に席へとついていた。

 仕切りに「勝負しろ」と初対面の折に騒ぎ立てていたミハエルに対し、最初は物騒だと思っていたティアリーゼだが、段々じゃれているだけのように思えてきた。

(兄弟喧嘩ならぬ、従兄弟喧嘩とでもいうのでしょうか……)

 そして「美味しい」と絶賛しながら、出された料理を残さず綺麗に平らげていくミハエルを見て、ユリウスもご満悦のようだった。
 流石王族なだけあって、ミハエルの食べる所作はとても洗練されている。

 気をよくしたユリウスは食材の説明をし、それに瞳をキラキラさせながら、ミハエルは感心した様子で熱心に耳を傾けていた。


 前菜からデザートまでの晩餐の間、二人からは険悪な雰囲気など皆無だった。

(お昼は一触即発のように思えていたのに)

 感心しながらも、家族や元婚約者との関係が上手くいかなかった、今までの自分をつい振り返ってしまう。
 これまでの自分の環境が特殊だったのか、ユリウスを始めとする彼らが特別なのか、それとも自分という人間に問題があるのではないか──ティアリーゼには分からなくなっていた。


「ユリウス様、お茶が入りました」

 午後にお茶を淹れると約束していたにも関わらず、突然のミハエルからの襲撃に合い、果たせずにいた。
 代わりに夜は、ティアリーゼが挿れたお茶を二人きりで飲みながら談笑することにした。
 徐々に日課となりつつあるこの時間が、ティアリーゼは心地良い。

 そしてユリウスは、立ち振る舞いは完璧な王子様そのものなのに、不思議と親しみやすい。
 親しみやすいからといって、素朴とは真逆で浮世離れした雰囲気を併せ持ち、つい彼を目で追ってしまう。

 ユリウスはとても話やすい上に聞き上手でもある。ティアリーゼの内面含めて見てくれる、優しい人だからこそ会話が楽しいのだと気付いた。

 夜も深まり、今回はハーブティーを選んだ。
 レイヴンに眠りの質を高めるハーブや、調合の仕方を教えて貰った。

 通常なら貴族女性が調理場に立つこと自体、世間では良く思われないだろう。
 王太子妃の道を歩んでいたら得られなかった大切な時間。日課となってもやはり、ティアリーゼにとって特別な時間に代わりない。
 ティアリーゼが浸っていると、ユリウスがおもむろに何かを取り出した。
 リボンがかけられた箱だ。

「そうだ、これを渡したいと思って」
「何でしょうか?」
「開けてみて」

 紺のリボンをするすると解き、箱をぱかりと開ける。中には一目で上質と分かるドレスが入っていた。

「ドレス……?」

 満面の笑みで頷くユリウスを横目に、ドレスを手に取り、スカート部分を目にした途端──ティアリーゼは無言で箱の蓋を閉じる。
 ティアリーゼは完全に無の境地へと至った。
 短かった、スカートの丈が。ニーソックスを履けば丁度絶対領域が出来上がるくらいに。

「ねぇティア?」と甘やかな声が降ってくる。

 ただハーブティーを無言で飲むティアリーゼに、ユリウスからは焦りの色が見え始めた。

 その間もただティアリーゼの頭に浮かんだのは「ハーブティーが美味しい」や「香りもとても落ち着く」といった言葉のみ。

「こ、婚約前に早とちりしてしまった僕が悪かった、謝るから許して欲しい!だから無視はしないでくれっ」

 縋るように訴えかけてくるユリウスが、何だか捨てられそうな子犬のように見えてきた。そして不可にも可愛いと思ってしまう。

「怒るなんてとんでもない。絶対領域はしませんが」
「しない!?そ、そうだね。ちゃんと婚約が成立してからだよね。僕としたことが、焦って早とちりをしてしまった……貞操観念をしっかりと保つのは良いことだ」

(婚約……)

 ユリウスとティアリーゼは現在仮の婚約者という関係にある。このままランベール国王が二人の婚約、結婚を認めればティアリーゼはミルディンに永住することとなるだろう。
 今のような、穏やかだけど少し賑やかな日々が続いていくのだろうか。少し前までの自分では、到底考えられなかった。

「正式な婚約後の楽しみとして、とっておくものだな。きちんと心に刻んでおこう」

(ユリウス様は少し変わった方ですが)