「私めはミハエル殿下が心配で、ソレイユからお供させて頂きました。決して殿下の間抜けっぷりを見て笑い者にするため、ましてや馬鹿にするために付いて来たのではありませんとも。ええ、本当です」

 魔法大国と名高いソレイユの人々に対し、とても理知的なイメージを勝手に抱いていたが、どうやら先入観であったらしい。
 そんなティアリーゼの心中を読み取ったかのように、イルは微笑む。

「ティアリーゼ嬢、我がソレイユの名誉のために弁明させて頂きますが、ミハエル殿下が飛び抜けて阿保なだけです」
「そ、そうなのですのね」
「阿保いうなっ」
「あ、私ですか?私はソレイユの魔術師でして、一応公爵位を賜っております。好きな食べ物は甘いもの全般です」

 抗議するミハエルを受け流し、話を続けるイルは、王子に対してかなり無礼な態度が目立つ。
 その態度はユリウスに対するレイヴンと同等か、それ以上のものである。


(先程から、特に尋ねてもいないのに一々自己紹介が混ぜられている気が……。それに公爵様……ミハエル殿下とは血縁的にも近しい間柄……だからミハエル殿下に対して距離感が近かったのですね)

 数々の不敬を目の当たりにして動揺していたが、納得と共に内心安堵した。

「いきなり現れて、ユリウス殿下には大変ご無礼を働いてしまいました。そしてティアリーゼ嬢を驚かせてしまいましたね。この際何かご質問あればどうぞ」
「ミハエル殿下は、ユリウス様の従兄弟君であらせられたのですね。ということは、ソレイユ側はユリウス様の存在をご存知という訳なのですか」
「良い質問です、ティアリーゼ嬢。実はユリウス殿下と私共が初めてお会いしたのは、前回のミハイル殿下の家出の時となり、時期は昨年。その際に初めて我々は、ユリウス殿下の存在を知ることとなったのです」
「昨年……」


 ユリウスの存在は近年までソレイユには知られていなかった。知るのはランベールの限られた者のみで、血縁関係とあっても他国の王族にも秘されているらしい。

「はい。野生の勘でこの城まで辿り着いたミハエル殿下は偶然、ユリウス殿下と出会われたのです」
「そのような偶然が……」
「まさか私共もこんな所に第一王子を隠しているとは、思いもよりませんでした。
 たまに役に立つんですよ、ミハエル殿下の野生の勘。頭で考えていない分、直感で生きているんですかね?」

 そのような偶然など本当にあり得るのかと、ティアリーぜは信じられない面持ちで話を聞いていた。

「過去に我が王が『ランベールにはもう一人、王子か王女が産まれてはいないか』と問われたらしいです。しらばっくれられたそうですが」

(ソレイユ国王がその質問をしたということは、少なからず何かに勘付いていらした……?)

 神妙な面持ちとなったティアリーゼの思索の糸を、ミハエルの高らかな声が断ち切る。
 
「ランベールが何を考えているか、私には関係ない。取り敢えず私はユリウスと勝負したいのだっ。勝負を受けると返事しろユリウス!」

 偶然にしては出来すぎていると、ミハエルを僅かに疑っていた心をティアリーゼは撤回した。

(ミハエル殿下のご様子を見ると、何も考えずに彷徨って偶然ここに辿り着いたというのは、嘘ではない気がします……)

「それと、路銀が尽きたからしばらく滞在させて頂きたい!」

 どこまでもマイペースなミハエルに、お茶のお代わりを注ぎながらレイヴンが口を開く。

「全く、魔法大国の方々はその魔力で常に、誰かしらに勝負を挑まないと気がすまないのですか?」
「いえいえ、ミハエル殿下が飛び抜けてお子様なのです」
「出たなレイヴン」

 どうやらミハエルはレイヴンのことも目の敵にしているらしい。そんなミハエルに、ユリウスが溜息混じりにで口を開く。

「ランベールに城を構える者の義務として、他国の王族の滞在を断りはしないが、物騒な奴はご遠慮願う。最低限城内では暴れるなよ」
「案ずるな、寝首を掻くような真似はしない」

 お願いする立場には到底見えないミハエルに、ユリウスは仕方なしにといった様子で滞在を許可した。話が一区切りした途端、嬉々としてイルが話題をすり替える。

「それにしても、いつの間にこのような美しい令嬢との婚約話が持ち上がったのですか、ユリウス殿下。当然ランベール国王陛下が選んだということですよね」
「我が国の問題に、安易に首を突っ込まないで頂きたい」

 ユリウスがにべもなく話題を終わらせた。