目の前の彼は恐らく、地面に穴を開けた張本人だと推察出来る。
 ティアリーゼの頭には「襲撃者」の文字が浮かんでいた。
 蜂蜜色の髪の青年が腕を上げると、掌から発光した玉のような物が現れた。
 眩しさにティアリーゼは目を眇める。

「取り敢えず勝負を……何だそれは」

 蜂蜜色の髪の青年はティアリーゼの存在に気付いたらしい。視線をこちらに向けてきた。

 誰だか分からない人と目線が合い、じろじろと見られている。ユリウスに横抱きにされている体勢も相まって、ティアリーゼは居た堪れない思いだった。

「僕の仮の婚約者、ティアリーゼだよ。現在花嫁修業の名目で屋敷に滞在している」
「なっ、こん……!?いつの間に……」

 次の瞬間、素早く回り込んだ何かが蜂蜜色の頭を強打した。

「いたっ!?」
「こら、人様の城の庭園を荒らしてはいけません。それに失礼ですよミハエル殿下、仮とはいえユリウス様の婚約者になるかもしれないご令嬢が、近くにいらっしゃる時に魔法を放つなんて。
 ソレイユ第三王子として有るまじき行いです。隣国に足を踏み入れている以上、外交問題に発展する恐れもあるのですよ。この事は陛下と王太子殿下にお伝えさせて頂きます」
「私は別に外交で来てるつもりはないぞ。ただユリウスに勝負を挑みに来ただけだっ」

 蜂蜜色の髪の王子、ミハエルに説教をしているのは、見るからに魔術師の装いをした長身の男。
 その白のローブは金糸と銀糸で細緻な模様が施されており、かなり上質な物だと一目で分かる。長い白銀の髪を後頭部で一つに束ね、全体的にやたらと白い印象の中性的な美丈夫である。

 ミハエルは彼の持つ魔術師の杖で強打され、痛みに涙を浮かべながら蜂蜜色の頭をさすっている。

 不穏な空気が一変。一気に場の緊張感が何処かに吹き飛んだようだった。

(ソレイユの王子様……?)

 ソレイユとは、ユリウスとリドリスの母である今は亡き王妃、そしてティアリーゼの母スウェナの母国にあたる、魔法大国として知られている国だ。

「殿下にその気がなくとも、国際問題に発展する恐れがあると申し上げているのです。そして何より、こちらの姫君を危険にさらして良い理由にはなりません」
「見えていなかった……すまない」

 気まずそうに頭を下げたソレイユの王子は、見た目に反し妙に子供じみた態度ではあるが、悪い人には見えなかった。王族に頭を下げさせてしまったティアリーゼは、慌てて口を開く。

「あの、存在感が薄いのは重々承知しておりますので、わたしのことはお気遣いなく」
「あ、いやっ、そういう意味ではなくっ!失礼した!」

 和解したところで危険は去ったと判断し、ユリウスはティアリーゼを下ろした。
 ようやく自分の足で地面に立てたティアリーゼが安堵のため息を吐いた次の瞬間、今度はユリウスが絶叫する。

「あーーー!!」
「どうかなさいました?」
「僕のイエティが……!?」

 無残にも雪の残骸とかしたそれは、少し前までは確かにイエティを形どった無駄に個性的な雪像だった。
 雪の塊を前に膝を付き、頭を抱えるユリウスの姿は悲壮感で溢れていた。