厩舎の前には美しい黒馬が用意されていた。

「彼はオニキスだ」
「よろしくお願いします、オニキス」

 オニキスへと挨拶を済ませるとすぐ後ろ、吐息が掠めそうな程の距離で、ユリウスの声が下りてきた。

「ティアは僕の後ろだな。では、失礼する」
「え?」

 刹那、腰に腕が回されティアリーゼは宙に攫われる。浮遊感と共に温もりを感じ、横抱きにされていた。顔を上げると直ぐ近くに、ユリウスの顔がある。
 ティアリーゼは狼狽する間も無く、馬上に引き上げられ、次いで素早くユリウスが騎乗する。

「しっかり掴まっているように」

 促され、慌てて腕を回してユリウスの身体に捕まる。ぱっと見線の細い彼だが、先程は自分を軽々と持ち上げていた。
 見た目通り身体は引き締まってはいるものの、女性とは明らかに違う体付きは、程良く筋肉が付いている。

 背中の温もりを意識してしまい、馬に乗っている間、ティアリーゼはずっと緊張したままだった。
 ユリウスが操る馬が森を抜け、暫くすると村の入り口へと到着した。

「着いた」

 馬から降りたユリウスが乗せた時同様、軽々とティアリーゼを持ち上げ、地面へと降ろす。

「あ、あのっ……!」
「なに?」
「な、何でもありません……」

 口籠るティアリーゼに、ユリウスは不思議そうに首を傾げた。
 馬を引きながら村の中を歩いていると、雪遊びをしている子供達に遭遇した。
 子供達がこちらに気付き、雪遊びの手を止めて笑顔で駆け寄ってくる。

「領主様〜」
「こんにちは」

 子供達の無邪気な様子に、ティアリーゼは思わず表情を綻ばせる。
 しかし彼らはティアリーゼを視界に入れた途端、落ち着きのない様子を見せ、視線を逸らした。そんな彼らにティアリーゼが「こんにちは」と微笑み掛けると、子供達も慌てて返してくれた。

「こ、こんにちは」
「きっとティアの美しさに驚いているんだな」
「うつく……?」

 大らかに笑いながらのユリウスの言葉に、ティアリーゼは虚を突かれる。
 子供達は滅多に目にすることが無い、高貴な貴族女性に驚き、緊張してしまっていた。

「彼女は僕の婚約者になる予定のティアリーゼだ」
「えええっ!?」

 ユリウスの言葉と共に、子供達から驚愕の声が上がった。「よろしくお願いいたします」と挨拶するティアリーゼを彼らは唖然と見つめ、いち早く我に帰った一人が抗議の声を上げる。

「嘘だ!領主様の恋人いない歴イコール年齢は今後も揺るぎないって、レイヴンが言ってた!」

 それを皮切りに「そうだそうだ」「領主様は若い女の子に決してモテないってレイヴンが言ってた!」などと他の子供達も賛同しながら追随する。

「お前達、何故僕の言葉よりレイヴンを信じるっ!?」
「まって、さっき領主様は『婚約者になる予定』とおっしゃられていたよ」
「ってことは、まだ正式じゃないってことか」
「焦ったー」
「安心した」

 胸を撫で下ろす子供達に、ユリウスの口元が引き攣る。
 とても領主と領民の関係性とは思えないやり取りを目に、距離感の近さにティアリーゼはひたすら驚いていた。

「では、僕達は見回りを続けるから。それと、そろそろまた雪が降るだろうから、気をつける様に」

 ユリウスが告げると子供達は揃って元気に「はい」と返事をし、二人を見送ってくれた。