辺境に遠ざけられた第一王子、ユリウスは想像以上に変わった人物だった。
 仮面舞踏会ならいざ知らず、日常で仮面を付けている人がいるとは思わなかった。

 しかしティアリーゼが彼に抱く「変わっている」という部分は、仮面の部分ではない。
 寧ろ仮面という特殊な出で立ちが霞むくらい、思い掛けない内面の持ち主だった。

 ユリウスが着替えを終えたと知らされ、ティアリーゼは彼の執務室へと案内された。

「王都のクルステア公爵家の屋敷からは、予定よりも随分と早い出立だったようだな」
「勝手なことをしてしまい、申し訳ありません」
「何故謝る?早くに公爵家を出てまで、この地へ来たいと思ってくれたのだろう」

 意外な言葉を貰い、ティアリーゼは虚を突かれる。

「視察を目的としていたと聞いているし、謝る必要などない。それに本来なら貴女は、未来の王太子妃となる筈だったらしいな」
「はい。わたくしは本来、リドリス殿下の婚約者の筈でしたが、それが破棄になってしまいました。このようなわたくしをユリウス殿下に押し付けるような形になってしまい、その点に至っても大変申し訳なく思っております。
 ユリウス殿下が、わたしとの婚約が不服でしたら……無理にとは……」
「まるで僕から婚約を断って欲しい、みたいな口振りに聞こえるが」
「そのようなことは……」
「仮に僕が断ったとしたらどうするつもりなんだ、王都の屋敷に戻るのか?」
「いいえ、王都には戻れません」
「ではどうする?」
「その……もしよろしければ、使用人としてでもこの屋敷に置いて頂けないでしょうか?」
「使用人?」
「はい」
「使用人として何か出来ることでもあるのか?」
「自分の身の回りの事は一通り出来ますし、お掃除も得意だと自負しております。それからお茶も淹れられます。まだまだ未熟者ですが、必要な事があれば一生懸命お仕事を覚えます」
「ふむ」

 しばし思案したのち、ユリウスは形の良い唇を開いた。

「ただしウチの使用人は膝上スカートに、ニーソックスの絶対領域仕様なんだが、それでも構わないか?」
「……え?」

 初めて聞く謎の単語に理解が追い付かず、ティアリーゼは思わず固まってしまった。

「ぜ……ぜったい……?」
「絶対領域」
「絶対りょ……」
「絶対領域」
「絶対領域」
 
 思考が止まりかけたが、意を決してティアリーゼは疑問を口にする。

「何故ですか?」
「足を魅力的に思うからだ」

(わ、分からない……殿下は何をおっしゃっているの……?)

「え、ええと……膝上スカートへの拒否権はないのでしょうか?」
「絶対領域を拒否だと!?となるとやはり僕の婚約者として、この屋敷に滞在して貰うしか道はないな」

(どうして膝上スカートか、婚約者の二択なの……!?)

「まぁ僕の婚約者となった暁には、日常的に絶対領域のドレスを着て貰うことなるが」
「どちらでも変わらないじゃないですか!?」

 珍しく取り乱すティアリーゼに向けて、ユリウスは恍惚と言い放った。

「どちらにせよ僕にとっての天国だ」