公爵家の女主人となったミランダは使用人の管理を任され、誰も逆らうことは許されない。
 中には長年公爵家に仕え、ティアリーゼを大切に思う使用人もいたが、異を唱えると女主人から解雇を言い渡される者もいた。
 守ってくれる使用人は年々数を減らしていき、屋敷でのティアリーゼは孤立する一方だった。

 次第にティアリーゼは、継母と顔を合わせることに、怯えの心が芽生えていった。

 それでも忙しい父が屋敷に帰宅すると、家族の輪に入れて貰える。昔のように気さくな親子関係ではなくなったが、父に甘えるマリータを微笑ましく見守りながら、羨ましく思う心を隠していた。

 自分は姉なのだから、いつまでも甘えていては駄目だと、子供ながらに己を律していた。

 しかし家族団欒を過ごしていると、いつの日か違和感を感じるようになる。

 ある日家族四人でお茶会をしていたところ、ティアリーゼはふいに何かを察し、視線を上げた。すると斜め前の席に座るミランダが怒りの双眸でティアリーゼを睨みつけていた。

 思わず手にしていたティーカップを、大きな音を立てながらソーサーへ置き、お茶も少し溢してしまった。

 様子のおかしいティアリーゼをクルステア公爵が「どうかしたのか?」と心配する。

 視線を彷徨わせながら、ミランダを一瞥するとこちらへ優しい表情を向けていた。
 その瞳や表情からはティアリーゼを気遣うような色まで感じ取れる。はっきりと敵意を受け取ったティアリーゼですら勘違いだったのかと、受け流そうとした瞬間、ミランダが口を開く。

「どうしたの?顔色が悪いようね」
「確かに、気分が悪いなら無理をしないように」
「わたくしが送っていくわ」

 ミランダは朗らかに微笑み、完璧な母親の顔で立ち上がる。
 ティアリーゼをサロンから連れ出したミランダは、無表情だった。

「そんなに私達が気に入らないなら、別棟にでもいけば?」
「別に……」

「気に入らなくないです」そう言い掛けると、ミランダに苛立ちの色が浮かび、ティアリーゼは俯き口篭った。
 どうやらミランダは夫に悟られないよう、彼の視線がない隙に、敵意の眼差しを向けてくるらしい。

 これでは父に訴えても信じてもらえない。いや、自分さえ口を閉ざし、我慢をすればこの家族は円満なままでいられる。幼心にも、ティアリーゼはそう考えた。
 父から幸せな家庭を取り上げたくはなかったのだ。
 それと同時に「自分はこの家族の一員ではない」と悟っていた。

 そう、これは父の家庭であり、自分の存在出来る場所ではないのだと。

 こうしてティアリーゼは本邸から、少ない使用人を連れて別邸へと移り住むこととなった。

 きっと、ミランダはティアリーゼを家族と思ったことも、受け入れようと考えたりは一度も無かったのだろう。