この生まれ育った王都を離れて辺境の地、ミルディンへ赴き、ユリウスとの婚姻を結ぶ──。

 リドリスとの婚約破棄については、ある程度覚悟していたが、この打診には全くの予想外だった。そもそもリドリスが双子であり、忌み子の第一王子の存在など初耳だ。ティアリーゼは未だ父の言葉が半信半疑に思えてならない。

(忌み子……呪われた第一王子……)

「……すまない」
「いえ、お父様としても家の繁栄と、可愛い娘の幸せ望むのは当然のことです。それに、わたくしのような人間に王太子妃の座も、何もかも不相応だと思っておりました。肩の荷が降りて、安堵すらしております」
「何を言う、お前だって私の」
「分かりました、最後に一つだけお願いといいますか、我儘を聞いて頂けたらありがたいのですが」

 公爵が言い終わる前に、ティアリーゼはにべもく言葉を遮る。このような態度も、何かを願い出るのも稀であり、ロナートを大いに戸惑わせた。

「……最後?」
「陛下はユリウス殿下の婚約者に、わたくしを指名されたようですが、ご期待に添えない可能性の方が高いと思われます。
 わたくしはリドリス殿下のお心を繋ぎ止めることも出来なかったのですから。今後も政略のお役に立てるかどうか、分かり兼ねるのです」
「……」
「もしユリウス殿下に婚約を拒否されるのであれば、婚姻常々関係なく、使用人としてミルディンに置いて頂きたく思います。つきまして、この件を陛下とユリウス殿下に交渉させて頂きたいのです」
「何を……」
「わたくしの人生、今迄決まった通りに進められたためしがありません。ユリウス殿下にも婚約を拒否される可能性が高いと予想されます。
 それにお父様のお話では、ユリウス殿下は陛下から長きに渡り、蔑ろにされてると言っても過言ではない状況だと思います。
 それにも関わらず突然、婚約者としてわたくしのような者を押し付けられるなんて、あまりにもユリウス殿下がお可哀想です。出来る限りユリウス殿下の意思を尊重して差し上げたいのです」

 尊き王族の血を受け継ぐ公爵家の令嬢が、ここまで自身を卑下するとは──表面上には出さないものの、やはり今回の婚約破棄が、ティアリーゼを深く傷付けたのか。それとも元々自虐気味な性格なのか、父であるロナートも分からなかった。忙しさにかまけて、娘と気薄な関係しか築けなかった自分を今更悔いていた。

 ティアリーゼは親の贔屓目なしでも、容姿も申し分なく美しい。
 側から見れば、全てを手に入れているように思われていただろう。あくまで公爵家の内情を知らない者にとっては。

 婚約破棄されたばかりの娘へ、返す言葉を探っている途中、ティアリーゼが続けて発言する。

「婚約どころか、使用人としても拒否されるかもしれませんが……例えそうなったとしても、わたくしは王都に戻る気はありません。そのまま、死んだ扱いにして頂いて結構です」
「何を言っている!?」

 聞き捨てならない提案に、ロナートは声を荒げて引き止めようとするが、話は終わったのだと言わんばかりにティアリーゼは立ち上がった。
 そして慌てて立ち上がる父に対し、早口で告げる。

「役立たずな娘で申し訳ございませんでした。今迄育てて下さってありがとうございました」
「待ちなさい!」

 本館の階段、回廊を足早に渡ると庭園を突き抜けて、別棟まで小走りに駆けていく。令嬢らしからぬ所作を晒しているが、不思議と気にならなかった。
 どうせこの屋敷とはすぐに疎遠となる、と言った思いが頭を過るからだろうか。


 婚約破棄をされた公爵令嬢ティアリーゼと、忌み子として存在を隠された第一王子ユリウス。

 不要な者同士を辺境の地へ、纏めて追いやるのがこの国の望みなのだ。
 しかしティアリーゼとしても『この屋敷からも王都からも出られる』のは有難いことだった。

 今迄の人生が覆るなどとは思ってはいないが、この閉じられた世界から抜け出せる。
 ミランダもマリータもリドリスもいない世界が待っているのなら、一度全てを捨て去るのはまたとない機会といえた。

 それにティアリーゼには、長年の婚約者である筈のリドリスの事がすっかり分からなくなってしまっていた。

(まずユリウス殿下の屋敷で働かせて貰うことをお願いしてみて、それが無理ならば、他の屋敷への紹介状くらいは書いて頂けないかしら?)