夜会時の庭園で、密やかに見つめ合う男女がいれば、社交界では高い確率で噂となりうる。
 噂の当人がこの国の王子リドリスであり、その相手が彼自身の婚約者の異母妹に当たる女性なら尚更だ。
 程なくしてランベール国内にはスキャンダルとして、夜会での出来事が貴族中に知れ渡っていった。

 本日ティアリーゼは父、ロナート・クルステア公爵によって本館の書斎へと呼び出されていた。宮廷で外交を任されているロナートは、各国に赴くことも多く、屋敷を留守にしがちだ。ゆえにこうやって親子で向き合うのは、久方振りだった。

 重い口ぶりで話し始めたロナートが切り出したのは、リドリスとマリータの関係について。
 屋敷の別邸に引き篭もっているティアリーゼには、今までその噂は届いておらず、たった今知らされたこと。
 それにも関わらず、ティアリーゼは取り乱した様子はなかった。

「そのお話についてですか」
「もしかして既に知っているのか?」

 ロナートが話始めた直後、確かにティアリーゼは僅かに目を見張った。だがすぐに納得するような表情のまま、大人しく事実を受け入れている。
 意外な反応を返され、言葉に詰まるロナートは自身の方が、動揺していると自覚している。

「知っているというより、薄々そうなのではないかと疑念はあったのですが……夜会で見つめ合う二人を見て、確信に変わりました」

 ティアリーゼの言葉を聞いて公爵は深い溜め息を吐き、頭を抱えた。

「リーゼも先日の現場を目撃していたのか……」

 尾ひれがついた、貴族間における証拠のない噂なのではないか。ティアリーゼの返答次第では、今からする話を一度保留にして貰うよう、掛け合うことも考えていた。
 しかし、ティアリーゼは例の現場を目撃し、それより以前から二人に関して疑いを持っていたのだという。
 修復困難な三人の関係性に頭を悩ませながら、ロナートは再び話始める。

「実は陛下からの打診があったのだ。リドリス殿下とティアリーゼとの婚約を白紙にし、代わりにマリータを婚約者にするのはどうかとの提案が……」
「そうですか……分かりました」

 随分と物分かりの良すぎる娘に、公爵は戸惑いながらも謝罪の言葉を口にした。

「本当にすまない」
「いえ、陛下からの打診なら、受け入れるしか選択肢はございません。わたくしへの謝罪は結構ですわ」

 嘆息し、項垂れる父親を眼前にティアリーゼは思案する。
 王家と公爵家の姻戚が結べるのであれば、姉妹のうち王子に嫁ぐのはどちらでも構わないと、父も考えている筈だと。
 ティアリーゼとしても、例え政略結婚であったとしても、愛のある方がいいと思っている。
 ならば婚約者という立場を、異母妹マリータに譲るのが妥当ではないか。