「本日、記念すべき第一回の
『ぽっぽ焼き大食い大会』を開催することができ、
とても嬉しく思っています。
えー、本日は晴天に恵まれ――」



 大会実行委員長の挨拶は、まったく耳に入ってこない。

 だって、おれの隣には、とびきりの美人が座っているのだ。

 芸能人にいてもおかしくない。

 ストレートの黒髪にほっそりとした体。

 ぱっちりとした大きな目が印象的だ。

 大食い大会の会場にそぐわないその姿に、
 まわりのやつらもちらちらと彼女を見ている。



「緊張しますね」



 小声で彼女が話しかけてきた。

 声もかわいらしい。

 声優になれるんじゃないだろうか。



「そ、そうですね」



 しまった。

 声が裏返ってしまった。

 それでも、彼女はそれを気にすることなく、



「お互いがんばりましょうね」



 と、とびきりの笑顔を見せてくれた。

 ああ、なんて可憐(かれん)なんだ。

 おれの闘志がめらめらと燃え上がる。

 なにがなんでも優勝して、彼女にいいところを見せてやる。

 そして、あわよくば彼女の連絡先をゲットしてやるのだ。



「――で、あるからして、新潟のさらなる発展を願い、
この大会を企画したわけです。
みなさんの健闘を期待しています」



 ようやく挨拶が終わった。

 スタートの号令を
 今か、今かと待っていた選手たちの間に緊張が走る。



「用意……、スタート!」



 合図とともに、おれはぽっぽ焼きにかぶりついた。

 ぽっぽ焼きは、新潟の下越地方(かえつちほう)に伝わる
 細長い形状をしたパン菓子だ。

 味付けは黒砂糖のみとシンプル。

 しかし、甘すぎず、もっちりとした食感がクセになる一品だ。

 これを素早く、多く食べるために、おれはある食べ方を開発した。

 「丸めこみ食べ」だ。

 ぽっぽ焼きを食べる前に丸めこみ、一口で一気に食べる。

 彼女の方を見ると、普通に端から食べていた。

 ふむ、「縦笛食べ」か。

 基本的だが、リスクが少ない食べ方だ。

 他にも、牛乳にぽっぽ焼きをつけて食べるもの、
 まとめて何本か持って食べるものと様々だ。

 しかし、おれほど速いやつはいない。

 これは、優勝決定だな。

 そう思い、彼女に視線を戻して、驚いた。

 食べた本数が、おれより二本少ないだけだ。

 よくよく彼女を見てみると、食べるペースが異様に速い。

 速すぎる。

 するすると麺をすするように、ぽっぽ焼きがすいこまれていく。
 
 おれは彼女を甘く見ていた。

 大食い大会に参加したのも、話のタネにするためだろうと思っていた。

 しかし、彼女は真の大食いファイターだったのだ。

 これは、負けられない。

 いつの間にか、
 大食い大会はおれと彼女の一騎打ちという形になっていった。

 しかし、おれの方がわずかに速い。

 制限時間はあと一分。

 このまま引き離してやる……!



 そう思ったとき、彼女に変化が起こった。



 髪の毛がうねうねと動き出したのだ。

 髪はいくつかの束に分かれ、
 それぞれの毛先が手のように、器用にぽっぽ焼きをからめとっていく。

 そして、彼女の後ろ頭に現れたのは、大きな口。

 髪の毛の束たちは、
 からめとったぽっぽ焼きをどんどん口に放りこんでいく。

 それと同時に、彼女は顔にある口でも食べていく。

 そうか、彼女は二口女(ふたくちおんな)だったのか。

 これは、大食い大会向きだ。
 
 おれのように、目が三つある三つ目小僧であっても、
 大食いには何の役にも立たないのだから。

 こうして、『第一回妖怪ぽっぽ焼き大食い大会』は、
 彼女の優勝で幕を閉じたのだった。