「大事な話があるから、茶の間に来なさい」



 そんなことを母さんに言われて行くと……。

 父さんと母さんが正座して待っていた。

 空気が、重い。

 ふたりとも、超マジメな表情だし。

 ……もしかして、ふたりの離婚のお話、とか?

 ははは、まさか。



 ……まさかだよね?

 わたしは気が気じゃなかった。

 だって、わたしは中学生になったばかり。

 弟の晶(あきら)なんて、まだ小学四年生だ。

 それなのに、父さんか母さんの、
 どっちかについて行く選択をしなきゃいけないワケ?

 そう考えただけで、心臓がドクドクと嫌な音を立てる。

 いやいやいや、そんなこと考えるにはまだ早い。




「大事な話というのはね……」




 母さんの真剣な声に、
 正座していたわたしと晶の背筋がピンと伸びた。



「実はね、うちは魔法少女の家系なの」



 想定外の言葉に、わたしの脳みそが固まった。

 そこから、一字一句確かめるように、
 頭の中に言葉を打ち出していく。

 魔 法 少 女。

 魔法少女。

 ってゆーと、アレだよね?

 一般に、その多くが小学生または中学生くらいの女の子。

 少女たちは、あることをきっかけにして、魔法を使えるようになる。

 そして、魔法で魔法少女に変身して、様々な事件を解決していく。

 ってのが王道の話? みたいな。

 で、ウチが魔法少女の家系……。

 って、なによそれ!?

 わたしの脳みそが悲鳴を上げた。

 情報を処理しきれない! 

 聞き間違い!?



「お母さん、もう一回言ってくれる?」



 おそるおそるそう言うと、



「だからね、うちは、代々魔法少女をやっているのよ。
今日はね、その後継ぎについての話をしようと思って」



 と、母さんはそう返してきた。

 しんと茶の間が静まりかえる。



「あはは、お母さん、何言ってるの? 魔法少女? 
そんなの漫画やアニメの中の話だって」



 晶がそんな重々しい空気を打ち破るように、笑ってみせた。

 そうだよ、そんな冗談やめてよ。

 わたしも、とまどいつつそう言おうとしたところで……。



「晶! 真面目に聞きなさい!」



 普段無口で、めったに怒鳴らない父さんが怒った。

 父さんは冗談を嫌う。

 ドッキリ番組なんかも大嫌いだ。

 ということは、うちが「魔法少女の家系」というのは真実……?

 いやいや、そんなバカな。

 ああ、叶うことならこの場を逃げ出したい。

 きっと、晶もそう思ってる。

 だって、横目でうったえてくるもん。



「お父さん、信じられないのも無理ないわよ」



 母さんが優しい笑みを浮かべながら、
 父さんをたしなめて、話を続ける。



「いくら変身中は十代の美少女になれても、もう年だしねぇ。
やっぱり、そろそろ世代交代が必要だと思って」


 
 言いながら、
 母さんは風呂敷に包まれた
 長い棒状のものをわたしたちの前に差しだした。



「これが、魔法少女に変身できる、マジカルステッキよ」



 包みがとかれると、現れたのはかわいらしい杖だった。

 先端に、おしゃれなハートの飾りがついている。

 いかにも、魔法少女っぽい。
 
 ステッキを見て、わたしの心がときめいた。

 小学生低学年くらいまでは……、
 いや、本当は中学生になった今だって、
 魔法には特別な憧れがある。

 大きくなるにつれて、作り話だからとあきらめてきた魔法。

 そんな非日常の世界が、こんなにも近くにあったなんて。

 「魔法少女を信じる」の方に、
 わたしの心の中の天秤がかたむいていく。



「今も、見えないところで
たくさんの魔法少女たちが地球のために悪と戦っているの。
お母さんは、そんな魔法少女たちを誇りに思うわ」


 
 母さんの言葉は、ウソいつわりのない、力強いものだった。

 少なくとも、わたしにはそう感じられた。

  ……魔法少女かぁ。
 
 変身したら、どんな格好になるんだろう? 

 魔法を使う時のポーズは決めた方がいいよね。

 いやいやいや、
 ホントに「魔法少女になれるなら」の話なんだけど!

 といった具合に、自分にツッコミを入れつつも、
 わたしはどんどん想像を膨らませていった。
 


「まあ、魔法少女を実際に見てみるのが一番よね」



 母さんは苦笑いすると、ステッキを手に取った。

 わたしと晶は思わず身を乗り出す。





「はい。お父さん」





 母さんはステッキを父さんに手わたした。

 父さんはそれを手にして立ち上がる。



「マジカル・チェンジ!」


 
 高らかにステッキをかかげ、父さんは雄々しく叫んだ。

 ステッキからカッと光がはなたれ、わたしは思わず目を閉じる。

 そっと目を開けると……、

 そこには父の姿はなく、代わりに超絶美少女が立っていた。



「晶っち! 
うちはね、代々長男が魔法少女を継ぐの。
次の魔法少女はキミだからね。
よろしく~☆」



 きょるんっとした瞳。桃色の唇。ふっさふさの髪の毛。

 かわいらしい声で少女はそう言った。