死体を目の前にして、ヒロトは呆然としていた。

 真昼の温かな日差しが、死体を照らしている。



「そんな……、殺すつもりなんて、なかったのに……」



 がっくりとひざをついてうつむくヒロト。

 でも、いつまでもこうしてなんていられない。



「こうなったからには、仕方ないわ。
さあ、この死体を隠しましょう」



 しばらく力の抜けた顔をしていたヒロトだったが、
 ようやく腹をくくったらしい。

 テーブルにあった車のキーをつかんで立ち上がった。



「捨てるなら、海か、山か……」

「海がいいんじゃない? 
ほら、ドラム缶に死体を入れて、コンクリートを流しこんで、
固めて捨ててしまえば……」



 しっかりしているつもりだったけれど、わたしもだいぶ混乱していたらしい。

 ドラム缶を捨てるためには、船でずっと沖合に出なければいけないだろう。

 もちろん、わたしたちは船なんて持っていない。



「……山、だな。
大丈夫だ、深く埋めれば、だれにもばれない……」



 そう言って、ヒロトは部屋を出て行った。

 きっと、死体を埋めるための道具を買いに行ったのだろう。

 しばらくしてヒロトは、青いビニールシートと、
 大きなシャベル、ロープを買ってきた。

 そして、丁寧に死体をビニールシートにくるむと、
 ロープで巻いて、固定した。
 
 ヒロトは夜になるまで、地図でどの山に捨てるか計画を練っていたようだった。

 ヒロトは地理についてとても詳しいから、きっと見つからない山を選んだのだろう。
 
 そして、真夜中。

 このマンションには、防犯カメラがいくつか設置してある。

 それを避けるために、ヒロトはベランダの柵をうまく使い、
 ロープでとなりの空き地にゆっくりと死体を下ろしていった。



「ここが二階でよかった……」



 わたしは思わずつぶやいた。

 わたしは夜景のきれいな上の階に住みたいと言っていたのだが、
 ヒロトは買い物に行きやすく、荷物の運搬もしやすい下の階がいいと言ったのだ。

 その選択は正解だった。

 死体を下ろし終わると、ヒロトは空き地に車をもってきた。

 後部座席を倒し、死体と荷物を入れ始める。



「ちくしょう、狭いな」

「だから、軽自動車じゃなくて、普通車を買おうって言ったのに」



 言ってから、気づく。
 
 こんな時に言う文句じゃないだろう。

 こういうところ、空気が読めないのよねと反省する。

 ヒロトは四苦八苦しながら死体と荷物をつめこみ、車を山へ向かって発進させた。
 
 山奥に着き、ヒロトはさっそく穴を掘り始めた。

 深く、深く穴を掘り下げていくのを、わたしはじっと見つめていた。

 しばらくすると、そうとうな深さの穴ができた。

 ヒロトはビニールシートから死体をとり出し、じっとその顔をみつめた。



「ごめん、ごめんな。許してくれ」



 死体の前にひざまずき、ヒロトは泣き出してしまった。

 その背中に向かい、わたしは優しく声をかけた。



「いいの。
口論になったのは、わたしがきっかけだもの。
まあ、まさか殺されるとは思わなかったけれど……」



 そう、この死体はわたしの死体。

 ヒロトに首を絞められたことは覚えている。

 そこで記憶が途切れ、気がついたら、わたしは幽霊となっていたのだ。

 幽霊だから、ヒロトに触れられないし、わたしが何を言ってもヒロトには聞こえない。

 それでも、わたしは幸せだ。

 これで、愛する人とずっと一緒にいられるのだから。

 一生、あなたに憑(つ)いていきます。

 完