缶の中身は以外にも綺麗なままだった。
 折り紙で作った五色の短冊があの頃のままそこに入っている。

 あの、七夕の日に、柚の木に飾り付けた短冊。
 願い事の書いていないただの細長い折り紙も全部納まっている。
 それから、当時柚樹が好きだった手のひらサイズの車のおもちゃや恐竜のシール、戦隊シリーズのフィギュアなど懐かしい品々もあった。

「これ、全部柚樹が大切にしてた宝物じゃない……」
「短冊だけよりご利益ありそうだろ?」

 短冊は、七夕の片づけの時に「来年のために取っておこう」と、父さんが言って、柚樹が土間の季節グッズ入れにしまったからすぐに見つかった。

 今思えば、短冊を取っておいたのは父さんなんだし、既に思いっきり矛盾が生じてたんだけど、あの頃の柚樹は何の疑問も感じなかった。
 アホだったな、オレ、と苦笑する。

 柚樹の小さな頭を占めていたのは(ママのために、早く短冊を埋めなきゃ)という焦りだった。

 最初は短冊だけをそのまま土に埋めようと思った。
 だけど、それだけじゃ足りない気がした。

 ママの願い事をちゃんと叶えて貰うためには、何かが必要な気がしたのだ。
 ない頭をフル回転させて絞り出した答えが、宝物と一緒に埋めることだった。

 別に何か根拠があったわけじゃない。
 ただ思いついたのだ。

 エジプトの墓とか、古代の偉い人の墓には金銀財宝が埋められてるって聞くけど、人間っていうのは、宝物を埋める習性が備わっているのかもしれない。

 柚樹は宝物の上に、ママの黄色い短冊とグルグル意味のない殴り書きをした自分の短冊を重ねて乗せた。
 それから、折りたたんだ紙も一枚。

「うっわ、懐かしぃ。下手くそだな」
「何?」
 覗き込んだママも思わず「あらぁ」とにっこりする。

 クーピーで描いた、柚子のキャベツ丼の絵。
 ママがいつも作るキャベツ丼(的なモノ)の真ん中に、ミカン(らしきモノ)がどんと乗っかっている。

 巨大キャベツ丼の脇に、お玉(っぽいモノ)を持ってにっこり笑うママと手を繋ぐ柚樹もいた。

 もしかしたら、柚の木は、柚樹と同じように字が読めないかもしれない。字だけじゃダメだと思って、柚の木でもわかるように絵も入れておいたのだ。

「こんな大作を柚樹が埋めている間、パパは起きなかったのねぇ」
「まあね。グォーっていびきかいて爆睡してたから」

 父さんが闇に落ちるようにいきなり眠りこけたのは、たぶんママの病状に酷いショックを受けて、ものすごく落ち込んだせいかな、ということは、伏せることにした。

「に、しても、まさか、本当にママの願い事が叶うとは」
 感心しながらママの短冊の文字を辿った柚樹は「え?」と驚いて顔を上げた。

 あの頃、読むことのできなかったママの願い事に書いてあったのは、柚子のキャベツ丼のことじゃなかった。


『柚の木に実が実った時、柚樹のことを大切に大切に想ってくれるお母さんが現れていますように』


「……オレには嘘つかないんじゃなかったのかよ」
「えへ、またバレちゃった」っと、ママが舌を出しておどけている。

 七夕の日のママも、ひょうきんな顔で笑っていた。
 笑顔で、こんな願い事を書いたのかよ。

 あの時のママの心境を想像したら、柚樹の胸がぎゅっと締め付けられた。