ママの言った通り、この缶は宝物入れとして柚樹が使っていた大切な缶だった。

 柚樹が3歳の時、クリスマスイブに宿泊したホテルの、お楽しみビンゴ大会で柚樹自身が当てた景品だ。

 詳しいことは覚えていないけれど、生まれて初めて宿泊したホテルと、生まれて初めて当選した(といっても4等だったけれど)ビンゴ大会の嬉しい気持ちだけは、今でもぼんやりと残っていた。

 確か、缶の中身のクッキーを食べ終わった後、宝物入れとして、大切なものはこのクリスマス缶にしまっていたのだ。
 あの頃は、この缶を見るだけで柚樹はいつでもワクワクした気持ちになれた。
 今だって見つけた瞬間、胸がぴょんと飛び跳ねたくらいだ。

「オレ、あの日にこれを、ここに埋めたんだ」
「あの日?」

「ママが……七夕の約束を守れないかもって泣いた日」
 ハッと息を飲んだママから急いで目を逸らし、柚樹は見て見ぬふりをしながら続けた。

「オレ、まだガキだったからさ、アレ、そのままの意味で取ったんだよね。柚子のキャベツ丼を一緒に作れないって、ママが泣いてるって。あん時はママが……いなくなるなんて思いもしなかったから」
「……」

 何年も土に埋めっぱなしだったクリスマス缶は蓋の部分が錆びついていて、簡単には開かなかった。
 缶の蓋に手をかけ、指先に力を込めてジリジリと押し上げながら柚樹は説明を続ける。

 退院したママは、すげぇー元気だったから、完全に治ったと思ってたんだよと。

 深く考えを巡らせられるほど、柚樹は大きくなかった。まだまだ単純な生き物だったのだ。

 動物園に行く直前に入院したママは、退院して元気になった。
 だから、七夕の後、また具合が悪くなって入院したけど、退院すれば、また元気になると思っていたのだ。

 今度退院したら、ママは前よりも元気になって、もっと遊んでくれるかもしれないって、考えてたんだよね。と柚樹は努めて淡々と説明した。

「ごめ……」
「ごめんとか、絶対やめろよ。ママのせいじゃないんだから」

「でも」
「言いたいのはそこじゃないから。人の話は最後まで聞きなさいって」
 わざとおどけた調子で言って、柚樹は急いで先を続けた。
 ママが変に自分を責めないように。

「父さんにしばらくママを寝かせてあげようって言われて、ママの病室出たじゃん? そのあとすぐ、オレ、父さんに聞いたんだよ。ママは何で七夕の約束守れないって思ったんだろう。柚子のキャベツ丼作れないって泣いたのは何で?って。そしたら父さん何て言ったと思う?」

 柚樹の含み笑いにつられて、ママも「何て言ったの?」と、口角を上げる。

 今思えば、あん時の父さん、めっちゃテンパってたよな。
「えっとなー、それはなー。つまりな」とか言いながら目をキョロキョロさせて。
 柚樹はママを見ながら、父さんの声色を真似て言った。

「それはな、柚樹。ママが七夕の願い事を書いた短冊を土に埋め忘れたせいなんだ。短冊は土に埋めないと効果が出ないんだよ。ママはおっちょこちょいだから、埋め忘れちゃったんだな」

 口をぽかんと開けたママが、ぷっとふき出した。

「なにそれ? ほんっとにパパらしいったら」
「だろ?」と、柚樹も笑った。

 そのバカげた理由をオレは鵜呑みにしたわけだけど。
 まあ、そこは、4歳児なんだし、仕方ないよな。

「で、そのあと、いったん家に戻ったんだけど、父さん、ソファで寝ちゃってさ。その間に、オレがこっそりこれを埋めたってわけ」
「……柚樹がいるのに寝ちゃうとこも、パパらしいわね」

 呆れるママの口の端は笑っている。

(父さんのこと、やっぱ好きなのかな)

 柚樹の胸に、もやっとしたさざ波が立った時、サビで引っかかっていた缶が、パカッと開いた。