(まったく。どれだけ愛されてるんだか)

 この、ノリのパリっと効いたシックなトレンチコートが似合うあなたのお母さんは、きっと几帳面な性格の人だ。

 引き出しや戸棚の中まで綺麗に片付いた家と、彼女の作った料理の繊細さを見れば一目瞭然だもの。
 そういう性格の人は、部屋が散らかっているとストレスがかかるって、インターネットの記事か何かで読んだことがある。
 特に妊娠中は、ちょっとしたことでもストレスを感じるのに。

 靴箱に、泥まみれのシャベルをつっこむなんて論外も論外。
 もっての外よ。
 すぐにでも洗いたかったに違いない。

 でもあなたのお母さんは、あなたが自分で洗うのを辛抱強く待っていた。

 きっと彼女はこれまでも、そうやってこの子を育ててきたのね。
 この子の気づきや、意思を尊重してきたんだわ。

(まいったなー)

 こんなに完璧な母親がいるなら、思い残すことなんてないじゃない。

 それはとてもとても嬉しいことで、心の底から私が望んでいたことなのに、それなのになぜか、胸がズキズキと、強く強く痛んでいる。
 この子の健やかな成長が喜ばしいのに、心がついていかない。

 私がいない世界で、すくすく成長しているわが子。
 隣で見守るはずだった私の代わりは、もうちゃんといる。

 素敵なお母さんが、この子を見守っている。

 私の開けた穴は、しっかりと塞がれているのだ。

(やっぱり、目の当たりにするとキツいものね)

 この子に素敵なお母さんが現れますようにと願う心と、それが叶ったことを受け入れる心は違うみたい。
 心が、張り裂けそうだ。

「あった!」

 その時、地面のあちこちを掘っていた柚樹が歓喜の声を上げた。
 土を払って「ほら」と差し出して見せたのは、サビた四角いクッキー缶だった。

 でも、ものすごく見覚えが……

 よくよく見て「あ!」と、気が付いた。

「これ、柚樹が宝物入れにしていたクリスマス缶じゃない!」