ママは、柚樹と手を繋いだまま、ただ静かに待っていた。

 そうだった。

 いつもママは、柚樹が止まると一緒に止まってくれた。
 柚樹が再び動き出すまでじっと待ってくれた。
 柚樹が考えれば、一緒に考えてくれた。
 何分でも、何十分でも、もっともっと長い時間でも。

「本当に、ママ、なの?」
 柚樹の問いに「うん」とママは頷いた。

「柚葉の中身も、ママ、だったんだよね」
「うん。今時な可愛い女子高生だったでしょ」

「柚葉って、ママの高校生の頃の姿だったの?」
「それがねぇ」
 ママはうーん、と首をひねる。

「ママもと~っても可愛い高校生ではあったんだけれど、あの姿は、ママじゃないのよ。一体、誰だったのかしらね」
 首を傾げるママの仕草や喋り方が柚葉と重なって、やっぱり柚葉の中身はママだったんだな、と、柚樹は確信する。

(どうりで高校生にしてはおばさんっぽかったわけだ)
「どうりで高校生にしてはおばさんっぽかったわけだ、とか思ったでしょ」

 ママがじとっと柚樹を見たので「思ってない、思ってない」と、柚樹は慌てて首を振る。

「もう! あんなに可愛くって、素直で無邪気で天使で、将来はママと結婚するって言ってた柚樹が、いっちょ前に口悪くなっちゃって。ママ、せつないわ~」

 ぷくぅと膨れるママ。
 そうそう、ママってこんなだった。と柚樹の中に懐かしさが込みあがる。
 今思えば、保護者にしては随分と子供っぽい人だったんだな。
 母さんと違って。

 妹を妊娠中の母さん。
 そんでもってママは。

「ママはオレを産んだんだよね」
「陣痛、ほんっと痛かったのよー」

 当たり前だけど、オレはちゃんとママから生まれて来たんだと、胸がじんわり熱くなる。
 そんでもって柚葉が熱心に喋っていた赤ちゃんはつまり……オレのことで。
 つまりママはオレの。

「オレの……本物のお母さん」

 噛みしめるように呟いた柚樹に「本物って……そんな風に言われると、なんか、照れるわね」と、ママは困ったように笑ったのだった。

 その瞬間、ハズいとか何だとか、そんなの全部吹っ飛んでいた。
 柚樹はママに抱きついた。 

 知っている匂いがする。
 懐かしい匂いがする。
 とても恋しかった匂い。
 自分を包み込んでくれる、温かくて優しい匂い。

 ママは「ぎゅーーーーーっ」と言いながら、柚樹を力強く抱きとめた。
 心の奥底にしまわれていたママへの気持ちがどんどん溢れていく。

 そうだった。
 オレは、こんなにもママが好きで。
 大好きで大好きで。
 だから。

 すごく悲しかったんだ――。

 久々のハグは、柚樹が知っているそれと少し違って、抱きしめられているのか、それとも柚樹がママを抱きしめているのか、よくわからなかった。

「大きくなったね、柚樹」と、ママは笑っていた。