「あら、変身が溶けちゃった?」
 そう言って、ママはえへっと笑っている。

 目の前で一体何が起きているのか。
 あまりに非現実的な光景を目の当たりにして、柚樹の頭はフリーズしている。

 ただただ目を見張り、口をぽかんと開けて、これから夏祭りにでも出かけそうな浴衣姿のママと、そこから自分へと繋がっている細い手を目に収めるのが精一杯だった。

 相変わらず頬は冬の冷たい風に晒されているし、耳も痛いくらいに冷たい。
 それでいてママと繋がった手からは人間的な温かさが伝わってくる。

 現実的な五感があるのに、夢か幻でしかあり得ない光景を、脳がどう処理したらよいのかわからずバグっているようだ。

 ママはと言えば、のんきに自分を観察しながら「でも今よりちょっと前の私なのねぇ。ラッキー」と喜んでいる。

 その仕草と言い方が、柚葉とぴったり重なる。

「あ」
 つまり、柚葉がママだったのだ。

 やっと実感した瞬間、不思議なことが起きた。

 頭の中でシナプスとニューロンがいきなり活性化したみたいに、ビリビリと強力な電気が柚樹の脳内を駆け巡っていく。

 柚葉に出会ってから見た飛び飛びの夢から過去の記憶が鮮明に蘇る。
 柚樹の心の奥底にしまわれていたものが凄まじい勢いで飛び出してきた。

 楽しみにしていた遊園地でジェットコースターに乗れなくて悲しかったこと。
 ママと一緒にジェットコースターに乗りたくて、早く大きくなろうと、おやつにおにぎりを食べていたこと。
 おにぎりくださいとお願いした時の、ママのびっくりした顔と、嬉しそうな顔。
 鼻歌を歌いながらおにぎりを作るエプロン姿のママ。

 ママの作る緑色のパンケーキが好きだったこと。
 パンケーキは幼児向けアニメに出てくる「みどりちゃん」に似ていて、アニメを見ながらおやつによく食べたこと。

 ママのサンドイッチには冷蔵庫の残り物が入っていたこと。
「今日の具はなーんだ?」と、なぞなぞと一緒に出てきて、それを当てるのが楽しみだったこと。

 ママと手を繋ぎながら一緒にラピュタのアニメを見て、柚樹が「アレ食べてみたい」とアニメの中に出てきた目玉焼きの乗ったパンを指さしたら、ママが作ってくれたこと。
 次の日、寝坊したパパにママがラピュタパンを作って、「これなら、すぐ食べられる」とパパが喜んだこと。
 それからパパが出張の日は、朝ごはんがラピュタパンになったこと。

 キャベツ丼を作るママを台に登って眺めるのが好きだったこと。
 柚樹はキャベツ丼が大好きで、週に一回は夜ご飯にキャベツ丼を食べていたこと。

 ママは楽しいことや面白いことが大好きで、ちょっとしたことでよく笑って、いろんな遊びを考えるのが好きで、段ボールを使って二人でいろんな工作を作って、だけど片付けが苦手で、面倒くさがり屋で、家の中が散らかりすぎて「パパに怒られる~」と言いながら、二人で一緒に片づけて……

 ママと手を繋いでお出かけするのが好きだったこと。
 家の中でもよく手を繋いでいたこと。

 柚樹は、ママと手を繋ぐことそのものが大好きだったこと。

 ママの温かさと優しさが、つないだ手を通して柚樹の中に入り込んでくるから。
 それから……