冷たく澄んでどこまでも広がる星空の端っこに、ネコの目みたいな月が浮かんでいた。
 観覧車で見た時よりも更に細くなっている。

 びゅっと、とてつもなく冷たい風が頬を刺し、ぶるっと柚樹は身震いをする。

(星が綺麗ってことは、寒いって事じゃん!)

「さびっ! 柚葉、そんな恰好してっとマジで風邪ひくぞ」
 両腕をさする柚樹を見つめ、ほわんと、白い息を舞わせながら柚葉が微笑む。

「七夕の夜を思い出すわね」
「七夕?」

 さすがにドキリとした。
 さっき見ていた夢にも七夕が出てきたから。

 なんで柚葉の口から、このタイミングで「七夕」が出てくるんだ?
 もしかして、まだオレは夢の中なのか?

 柚葉は、柚樹の目を真正面から捉えて「そう。七夕」と、もう一度、はっきり、噛みしめるように言った。
 それからおもむろに柚樹の手を取って、自分の手のひらに繋げる。

「な、なんだよ、いきなり」
 赤くなって手を離そうとすると「いいじゃない、減るもんじゃあるまいし」と柚葉は、手のひらにぎゅっと力をこめてくる。

「……ったく。どんだけ手ぇつなぐのが好きなんだよ」

 気まずさと照れくささで軽口を叩きつつ、柚樹は柚葉の視線を避けるように目の前の柚の木を眺めた。
 隣の柚葉も柚の木に目を移したのが気配でわかる。
 ふっくらした厚みの柚の葉は、星屑と細い月明かりを受けて、つやつや輝いて見えた。

「柚の木ちゃんが、七夕の約束を叶えてくれたのね」

 ふと、隣で柚葉が呟いて「え?」と柚樹が聞き返した時だった。

 突然、鋭く冷たい風が、木枯らしのように中庭全体に渦を巻いて吹き抜けていった。

 ざわざわざわざわ

 目の前の柚の木が、分厚い葉をこすれ合わせて音を立てる。
 つんざくような寒さと、ビュンと激しく吹き荒れる風の波で、耳がキーンとして、グルんと、めまいのように体が揺れた。
 ほんの一瞬、空気がねじれたような、不思議な感覚に柚樹は襲われていた。

 やがて、風は、ピタリと消え、しん、と、世界が静寂に包まれていく。
 ハッと、我に返った柚樹は、隣の柚葉に声をかける。

「今の風、一体なんだった……」

 それ以上、言葉が出なかった。

 柚樹は、口と目をぽかんと開けたまま、動けなくなってしまったのだ。
 何故なら。
 だって。

 だって、そこにいたのは、柚葉じゃなかったから。

 何度か、声にならない声が出た。
 それから柚樹は、ようやくその言葉を絞り出したのだった。

「……ママ」

 柚葉がいるはずの場所に立っていたのは、柚樹と手を繋いでいたのは、いつか夢で見た、ひまわり柄の浴衣を着たママだった。