言われてみれば、母さんが父さんと結婚した時、柚樹は既に死んだママの記憶がなかったのだから、やろうと思えば、ママの全てをなかったことにできたかもしれない。

 今、記憶がないなりに死んだママについて柚樹がいろいろ知っているのは、家にママの痕跡があって、母さんと父さんが再婚してからも、家族ぐるみで春野のばあちゃんちとの交流があって、柚の木があって、柚樹が知りたがれば、父さんや春野のばあちゃんたちからママのことを教えてもらえる環境があったからだ。

 それを当たり前だと思っていた。

 でも、柚葉の言う通り、母さんにしてみれば、ママの思い出を残したままにするのは辛いことかもしれない。
 近所の人たちの好奇と偏見の目も笑って受け流していたけど、本当は傷ついていたのかも。

 それを、オレのために……

 柚葉の大きな瞳がしっとり輝いている。
「それに」と、柚葉は微笑んだ。

「それにもし私だったら、結婚した時点で愛する人の赤ちゃんをすぐ産んでると思うわよ」
「あ」
 夏目のじいちゃんの言葉が浮かぶ。

『確かにお前の家族はちょっとイレギュラーかもしれん。いろいろ難しい部分もある。だから、二人目は今だったんだと思うぞ』
 また一つ、当たり前に思っていたことが、当たり前じゃないと気づかされた。

『二人のお母さんのおかげで、今の柚樹がいるんだぞ』と話す父さんの気持ちを、ようやく理解できた気がした。

(感謝、しなきゃ)
 それを伝えるのって、かなりムズいんだよな。
 親しければ親しいほど、ムズい。

 夏目のじいちゃんの時も柚葉の時もあれだけ恥ずかしかったんだから、母さんに「ありがとう」と伝えるのは、その100倍恥ずかしいだろうな。

 ううむと悩む柚樹を寂し気に見つめた柚葉は、気持ちを切り替えるようににやりと笑った。

「まっ、かくいう私も、最初は裏切り者~、はやすぎるだろーって思ったけどね」
「……つか、言ってたよな、裏切り者ってはっきりと」

「心の声、出ちゃってた?」
 えへっと舌を出す調子いい柚葉。
 真剣なんだか、冗談なんだか。

 なんだかなーと、苦笑した柚樹は「ごちそうさま~」と、食卓からソファに移り、ごろんと寝っ転がる。さすがに食べ過ぎた気がする。