「さっきの話だけどね」と、柚葉がふと、思い出したように真顔になった。
「さっきって?」

「たった3年でお父さんとお母さんが再婚したって話」
「……ああ、柚の木のところでオレが言ったやつ?」

 ママとの思い出がありすぎて、父さんが柚の木に近づけないって話をしたときに柚樹が言ったセリフだ。
 随分唐突に、しかも、いきなり戻るなーと、柚樹は残りのキャベツ丼をかき込みながら思った。

「そう、その話だけどね」と柚葉は頷いて「それって柚樹の存在が大きかったんじゃないかな」と続けた。
「? どういう意味?」
 ぽかんとする柚樹を柚葉が真剣に見つめる。

「たった3年でって、柚樹が思ったように、周囲の人がそういう目で見ることを、お父さんもお母さんもわかっていたはずよ。それでも二人は、柚樹が小学校にあがるタイミングで結婚してここに住み続けた。それって柚樹の気持ちを一番に考えてのことだったんじゃないかしら」
 わかるような、わからないような。柚樹は首を傾げた。

「……つまり、転校させるのが可哀想だからこの家に住み続ける、とか、小学校に入学するタイミングで母さんと結婚した、みたいな?」

「それも要因のひとつね。でもきっと、もっと大事な何かがある気がするわ」
「もっと大事な何かって?」

「それは……」
 柚葉は少し考えて、それから柚樹を見つめ一瞬口を開きかけ、また思い悩むように空になった自分のどんぶりに目を落とした。

「柚葉?」
「うまく、言えないけれど」と、呟き、また言葉を詰まらせる。
 それから意を決したように顔を上げた。

「あのね、もし、私がお母さんの立場なら、前の奥さんと暮らしていた家なんかすぐに売って、新しい土地で人目を気にせず新婚生活を始めたいと思うわ。もし私だったら、前の奥さんの使っていたものは見るだけですごく辛いと思う。前の奥さんとの、ママとの思い出が詰まったものは見たくない。全部処分して、旦那さんにも柚樹にも妻として、母親として自分だけを見て欲しいと思う。でもそれをしなかったのは……たとえ遺言があったとしても、ママの部屋や遺品を残して部屋の掃除だけしたり、せっかく枯れそうだった柚の木にこっそり手を貸しちゃったり、そういう事ができたのはきっと、お母さんが、母親として柚樹のことを愛しているからだと思う。柚樹のことをすごくすごく大切に想っていて、柚樹の気持ちを一番にしているからだと思うわ」

「……」

 ママが死んでからたった3年で母さんと再婚した父さん。
 あの頃は、近所の人たちも再婚のことを噂していた。
 それでも、二人はこの家に住み続けた。

 家もそのまま。
 ママの部屋もそのまま。
 ママお気に入りの柚の木も手入れしてくれて……。
 おかげで、柚の木は、実をつけるまでに成長した。

「全部オレのため……」