「三人分ならこれくらい必要でしょ。赤ちゃんはしばらくミルクだから、お母さんとお父さんと柚樹の家族分。野菜、肉、卵、キノコが全部入ってて栄養満点よ。大切な家族の健康を守れるわよ~」と柚葉が意味ありげに笑った。

(あ)
 守られる側から守る側へ。ってことか。

「赤ちゃんのお世話でお母さんはへとへとになっちゃうから、柚樹が料理を作ってくれたらすごく助かるわ」
「……でもさ」
 柚樹は「う~ん」と考え込む。

「でもさ。母さん、元保育園の先生だから赤ちゃんの世話とか慣れてるんだよね。それに、父さんも母さんの料理はプロ並みだっていつも褒めてるから、オレの料理は逆に家族の迷惑にならないかな」
「わかってないわねー」
 ちっちっち、と柚葉が人差し指を振る。

「料理の美味しさって言うのはね、作った人の『心』で決まるのよ。柚樹が家族のために心を込めて一生懸命作った料理なら、家族にとっては一流シェフの料理より感動するんだから。たとえちょっとしょっぱくても、味が薄くても、そんなこと気にならないの。それに、最初から料理が得意な人なんて稀よ稀! ほとんどの人は失敗と成功を繰り返して、家族の反応も見ながら『ああ、うちはこういう味が好きなんだ』って家庭の味を作り上げていくのよ」

「そういうもん?」

「そういうもん」と、柚葉がどや顔で頷き「それに」と鼻息を荒くする。

「それに、赤ちゃんを預かることと、赤ちゃんを育てることは、ぜんっぜん別物なんだから! 仕事と違って自分の赤ちゃんは8時間労働したから今日は終わり、なんてできないんだから。特に生まれたばかりの赤ちゃんは24時間体制なの! 早朝も夜中も関係なく、3時間おきにミルクをあげなきゃならないのよ。しかもゲップができない子だと、せっかく飲んだミルクを吐き戻しちゃうから、ミルクがちゃんと消化できるまで1時間くらい抱っこし続けなきゃならないのよ。そうこうしているうちに、次のミルクの時間が来て全然眠れないの。その間に、おむつも替えなきゃならない。毎日毎日その繰り返しで、頭がぼおっとするのに眠れないし、気も抜けなくて、私、何してるんだろうって泣きたくなるの。でもそんな時に、赤ちゃんが初めてこっちを見て笑ってね。感動したなぁ。そしたら、頑張らなきゃって不思議と力が湧いたのよね。沐浴も慣れるまですっごく大変だったのよね。首座ってない赤ちゃんって、グニョングニョンで、一瞬も気を抜けないの。だけど、お湯につかった瞬間『ほぉっ』て、口を半開きにして気持ちよさそうな顔するから、どんなに疲れててもお風呂には入れてあげたいって思っちゃうのよね」

「あの……」
 なんだか、話がおかしな方向に向かっているような。

 柚葉は懐かしそうに夢中で話を続ける。

「新生児の頃も大変だったけど、ハイハイの時期はもっと大変だったわね。何故か危ない場所にばっかり行こうとするし、目についたものを何でも口に入れるしで、本当にいっときも目が離せないのよ。でも『うぶ~』とか言いながら嬉しそうにはい回るから、可愛すぎてベビーサークルに閉じ込められないの。そうそう、その頃のおむつ替えは本当に大変だったわー。おむつ開いた瞬間にびゅっとおしっこ攻撃はされるわ、うんち付けたままハイハイするわで、戦場よ、戦場! 結局おしりふきで拭くのは諦めて、うんちの度にお風呂に抱えてじゃ~って流してたのよねぇ」

「あのさ、柚葉……」

「それから離乳食! 市販品買えば楽できると思ったら大間違いなんだから。離乳食は作るのも大変だけど、食べさせるのもすごい大変なのよ。座って大人しく食べてくれなくて、ハイハイしているところを追いかけて、一口ずつ押し込んで行ったのよね」

「おーい、柚葉~?」

「そうそう。そのあとは人見知りが激しくなってね、おじいちゃんおばあちゃんどころか、パパにすら懐かないの。もう、ママしかいないの。トイレのドア閉めたら泣いちゃうの。子育て支援センターのスタッフさんに抱っこされてギャン泣きして『この子は本当に大変な子だね』ってため息つかれた時は、すごく落ち込んだのよね。でも『人見知りが激しい子は賢い証拠で、うちの子も酷い人見知りだったけど、1歳過ぎたあたりから手間がかからなくなったわよ』って、散歩中に見ず知らずのおば様が言ってくれて、すごく救われたの。その人の言った通り、1歳頃から、すごく言葉を理解して、自分で考えたベビーサインで意思疎通なんかもし始めて、うちの子天才かもって興奮しちゃった。それから……」

 ピピー、ピピー、ピピー
 ご飯が炊けたことを知らせる炊飯器の音で、柚葉はやっと我に返った。