ゼウスが生まれたばかりのヘラクレスを不死身にしようと、ヘラクレスの義母の女神ヘラが寝ている間に、ヘラの母乳を飲ませたら、驚いて起きたヘラがヘラクレスを突き放した。
 その時、ほとばしった母乳が天にミルクの川を作ったという、綺麗な名前の響きに反して、ちょっと残念な内容。

 その後、ゼウスの正妻の女神ヘラは、義理の息子のヘラクレスに深い恨みを持ち「十二の功業」など、いくつもの試練を与えて嫌がらせをするけれど、その厳しい試練をヘラクレスは乗り越えて、結果「ヘラの栄光」を意味する「ヘラクレス」という称号を与えられるというヒーロー伝説へ繋がっていく。
 だから、神話で女神ヘラは「嫉妬の女神」とされているらしい。

 その物語を知った時、将来の柚樹の境遇と重なって叫びたくなった。
 だから私は短冊に……

 なのに今は(ヘラだったら、良かったのに)と、ため息を漏らしている。
 そうしたら、私は、こんな気持ちにならなかったのに。と。

 むしろ女神ヘラに対する解釈が違ったのかもしれない。
 だって、ヘラが本気を出せば、もっと確実にヘラクレスを殺すことだってできたはず。女神なんだし。

 自分の胸の中で、無邪気におっぱいを吸う小さな赤ちゃんを目の当たりにして、ヘラは本当に憎しみしかわかなかったのだろうか?
 温かくて小さくて、ミルクの匂いのする命を抱いて、何も思わなかった?

 もしかしたらヘラは、自分の中に宿った、あり得ないはずの感情に驚いたんじゃないだろうか。
 その感情は。
 つまりむしろ、ヘラはヘラクレスを……

「収穫用のハサミってこれでいいの?」
 白い息を吐きながら小6の柚樹が戻ってきた。手にしたモノを見て、柚葉は呆れる。

「それ、ハサミじゃなくて草刈用のカマじゃない」
「え? あ、ホントだ。暗くてわかんなかった」

「まったくもう~」と、倉庫に歩きながら(嫉妬に狂いそうなのは、私の方だわ)と小さくため息を吐いた。

 まったく、情けない母親。と、苦笑するしかなかった。