11月の夜はいよいよ冷え始めている。
「さび」っと、小走りする柚樹の背中を、柚葉は寂し気に見つめながら思っていた。

 もし私の考えが当たっていたら、きっとこの奇跡はもうすぐ終わってしまうのよね。と。

「いつまでも……って訳には、いかないものね」

 そう、自分に言い聞かせる。
 でも、だけど、と。
 どうしても手放したくないと思ってしまう自分がいて困る。
 どうしようもなく熱のこもった心に、冬の冷たい夜風を送り込むようにして、柚葉は大きく息を吸い込んだ。

 澄んだ夜空に、星がいくつも瞬いている。
 七夕の日の出来事が、浮かぶ。

 夏の星が、とても綺麗だったのよね。
 天の川、とまではいかなかったけれど、大きな満月も浮かんでいて。

 七夕って思いっきり平日だし、いつもは忙しくて素通りする節句だった。
 だから今日が七夕だと気づいたのは、お昼過ぎで……

 これが最後の七夕になるかもしれないとハッとして、だったらやらなきゃって思って、柚樹がお昼寝している隙に、急いで七夕について調べたのよね。

 その時、七夕の歌にある『五色の短冊』の色に意味があることを知った。

 赤色は、礼を大切にすること。相手に尽くすこと。
 白色は、ルールを守ること。義務を果たすこと。
 青色は、他者を思いやること。人を愛すること。
 黒色は、優れた知識・知恵を持つこと。正しい判断を行うこと。
 そして黄色は、約束を守ること。正直であること。

 五色の短冊を飾らなきゃ、と、柚樹のぷっくり美味しそうな寝顔を見ながら強く思った。

 短冊には人として、大切なことが詰まっている。
 私がこの子に望むものが、詰まっていると思ったから。

 笹を買いに行かなきゃなぁ、と考えた時、ふと中庭の柚の木が目に留まった。

 この家に、私たちよりも先に住んでいた小さな柚の木。
 柚樹と同じように少しずつ、でもすくすくと成長している柚の木。

 この木は、私がいなくなった後も、柚樹と一緒に成長してくれる。
 柚樹をきっと見守ってくれる。
 願うなら、笹よりも柚の木だと思ったのだ。

(水族館で買ったジンベイザメ柄の甚平を着た柚樹、可愛かったなぁ。あれ、もう売ってないのね)

 甚平姿の柚樹があまりにも可愛くて、親子コーデっぽくしたいなって、若い頃に買ったひまわり柄の浴衣なんかを引っ張り出したのよね。

『ママとおんなじ、いろにする!』と、願い事を書く短冊の色を黄色に決めた柚樹にきゅんきゅんした。

『ええとぉ』と、私の真似をして、ボールペンでグルグル文字らしきものを真剣に書く柚樹が愛おしくて愛おしくて。

 嬉しそうに小さな手を差し出してくる柚樹は、私の宝物だ。

『うんと。ママのおねがいが、かないますよーに』

 ぎゅーーーーーー

 柚樹は私の全てで、柚樹も私が一番だった。それが……

 涙がこぼれそうになって、慌てて空を仰いだ。本当に、星が綺麗。
 そういえば、天の川を英語で「Milky way」と呼ぶのは、ギリシャ神話に由来するのよね。