「柚葉、あのさ」
「うん?」

「……朔太郎がほうれん草のおかず美味しかったから、レシピ教えてってさ」
「あら、嬉しい! 朔太郎君も酸っぱいものが好きなのね。もちろんいいわよ」

「それで柚葉、あのさ」
「うん?」

「……月曜にレシピ渡すって朔太郎と約束したんだ」
「じゃあ後で、メモ用紙に書いとくわね」

 はあ。と、柚樹は小さくため息を漏らす。
 そうじゃないだろ、オレ。

「柚葉」
「うん?」
 今度こそと、息を吸い込んだ。

「サンキュー」

 言った瞬間、ぼっと耳が燃えた。
 ドリームランドの『脳天直撃コースターマックス』並みに心臓がうるさく鳴っている。

 どうして親しい人に言う「ありがとう」は、こんなに恥ずかしいんだろ。

「ふふ」
 柚葉も照れくさそうに笑っていた。
 夜の冷たく澄んだ風が、火照った頬を撫でていく。もう、星が瞬いていた。

「それなら、さっきの悪口は水に流してやるか」と柚葉がにやりとした。
「オレ、悪口なんか言ってないけど」

「柚葉の、バ~カって、騒いでなかった? 泣きながら」
「ちがっ、あれは。つか、泣いてねーし」

「ふうん。まあいいけどね」
 恥ずかしさに顔中がぼっと燃え上がる柚樹をニヤニヤ見た後で「そうだわ」と、柚葉がパチンと手を叩いた。

「せっかく柚子が実ったことだし、今夜はこの柚子ちゃんを使ったキャベツ丼を作ろう~! 柚樹、倉庫から収穫用のハサミを持ってきてくれる?」

「キャベツ丼? ま、いいや。了解!」
 柚樹は中庭の端にある倉庫に向かっていった。