「ただいまー」
 玄関を開けると同時に、柚樹はたまらず荷物をどさっと廊下に投げおろした。

「ふう~、重かった~。柚葉~?」
 靴を脱いでリビングの扉を開けると、明かりはついていたものの柚葉の姿はそこになかった。

 ドキリ。とした。

(まさか)

「柚葉?」
 嫌な予感に苛まれながら、柚樹は急いで奥のママの部屋に歩いて行く。
 洋室のドアノブに手をかけて、もしかしたら着替えてるかも、と初日のことを思い出して、慌ててトントンとノックをする。

「柚葉? 寝てるの?」

 …………

 いくら待っても返事がないので、ためらった後「開けるよ」とドア越しに大声で言ってから、ガチャリと開いた。

 柚葉は、いなかった。

「そんな……」

 今日はもう、金曜日だ。
 明日の、おそらく昼過ぎには父さんがベトナムから帰国する。
 だから柚樹も、今日か、おそくても明日の朝には柚葉が自宅に戻るのは、なんとなく、察しがついていた。

「でも、何も言わずに帰るなんてヒドイじゃんか」

 柚葉の家の住所とか、まだ教えてもらってないんだぞ! 春野のばあちゃんに聞けば、わかるかもしれないけど。

 だけど。

 だって、オレ、まだ柚葉にちゃんと伝えてないじゃんか。

 遊園地で励ましてくれたこと、水族館のこと、夏目のじいちゃんに会わせてくれたことも、それに、さっきの朔太郎だって……
 柚葉に話したいことは、山ほどあるのに。ちゃんと、ちゃんと、柚葉に言いたかったのに。

(……ありがとう、って、言ってないじゃんか)

 いきなりいなくなった柚葉に心がついていけず、胸が詰まって涙が滲む。それを腕で拭って、柚樹は叫んだ。

「柚葉の、バ~カ!!!」