ベンチの前で仁王立ちすると、朔太郎が気だるげに顔を上げた。
 その胸元にグローブをどんと押し付ける。

「は?」
 片方のイヤホンを外した朔太郎が、片眉を上げる。

「キャッチボール」
「するわけねーだろ」

「しなきゃお前に向かって、ボール投げるだけだから」
「あ?」

「オレ、あのイチョウの木まで下がったら投げるから」
 言い終わるや否や、ダダダダと走った柚樹は、振り向きざまに「えい」とボールを投げた。
 地域の野球クラブに入っている朔太郎は反射的にそれをキャッチする。

「あ、やべ」と、つい取ってしまった後悔をしている朔太郎に「早く投げろよ!」と柚樹は大声で急かした。

 ムッとなった朔太郎が、勢いよくボールを投げ返す。
 あてずっぽうにジャンプしたらバスッと音がしてグローブに心地よい重みを感じた。

「げっ、取りやがった」
「えいっ」
 高く上がった柚樹のボールをなんなくキャッチする朔太郎はさすがだ。

「学校は?」と尋ねたら、ボールと一緒に「お前が言うなよ」と、返ってきた。

「オレは、だって」
 柚樹は朔太郎を睨みつける。

「あんなことになって、行けるわけないじゃん」
 ムカついた気持ちをぶつけるように、思いっきりボールを投げた。

「逆だろ」
 ボスっと受け取った朔太郎もふてぶてしく言いながら投げ返す。

「逆?」
 バスッ

「お前の作文で、クラスの流れが変わったんだよ。つか、それが狙いだったんだろ?」
 バスッ

「? どういう意味だよ」
 バスッ

「クラスの話し合いに決まってんだろ。散々だったぜ。本当は無視したくなかったとか、話しかけると男子にからかわれるから辛かったとか言って、女子はみんな下向いて泣きやがって。ノリノリでエロいエロい言ってた律と悠馬も手のひら返して、ぜーんぶ、オレのせい。お前の復讐は大成功! めでたしめでたし。良かったな」

 けっ、と朔太郎は鼻で笑って、わざとおかしな方向にボールを投げた。
 柚樹はムッとしながら、草むらに転がったボールを取りに行く。

(なんだよ、全然反省してないじゃんか)

「だから、お前は学校戻っても大丈夫だよ」
 イライラしながら、しゃがみ込んでボールを探す柚樹の背中で、朔太郎がぶっきらぼうに言った。

「今はオレがハブられてっから」
「え?」
 振り返ると、朔太郎は手からグローブを抜いて木製のベンチに戻っていくところだった。

「月曜からずっとハブられてる。めんどいから昨日から学校さぼってる。いい気味だろ」
 グローブをベンチの脇にポンと置いて、代わりに隣に置いていたスマホを手に取り、イヤホンを耳にかけながら、朔太郎は「ざまみろだろ?」と自嘲した。

「林先生は……」
「バカか? バレずにやるに決まってんだろ。オレらはそういうのが得意だって、お前が一番わかってんだろ」

 朔太郎はスマホをジーンズのポケットに突っ込み「じゃな」と歩きだす。
 呆然とする柚樹の前を通り過ぎる瞬間、朔太郎がぼそりと呟いた。

「悪かったな」