「なんであいつが」
 今日は金曜なのに、学校はどうしたんだ? と、自分のことを棚に上げて、柚樹はいぶかしむ。

 と、朔太郎がこっちを向いた。運悪く目が合って、お互いにドキリとしたのがわかった。
 目を離したくて離せない、緊張のせめぎ合いが続く中、柚葉ののんきな声が聞こえた。

「あら、知り合い? 偶然ねぇ。あ、そうそう。そういえば林先生から聞いたんだけどね、朔太郎君、去年ご両親が離婚されて父子家庭なんですって」
「え?」
 思いがけない話に驚いて柚葉を振り返ると、柚葉は、意味ありげに微笑んでいた。

「羨ましいから意地悪したくなるってこと、あるのよね」
「……あ」

 柚樹の頭に、過去の、保育所で友達に意地悪をしまくっていた自分が蘇る。あの頃は、友達みんなが嫌いだった。でも本当は。

(オレが意地悪してたのは)

『ママがかわいいお弁当作ってくれたの』
『これ、大好きなお母さんの絵!』
『ママの誕生日にプレゼントするんだ』

「はい、これ」
 どん、と、柚葉が柚樹の胸元にグローブを押し付けてくる。

「私、買い物に行ってくるわね。柚樹はもう小さくないし、迷子にならずに一人で帰れるわよね」
「当たり前だろ、ガキじゃあるまいし!って、そうじゃなくて」

「お弁当もちょうど二人前あるし、仲良く分け合って食べるのよー」
 ぱちっと、いつもの古臭いウィンクを投げて、柚葉はスーパー側の出口へすたすた去って行く。
 はあ、と柚樹はため息を吐いた。

(まんまとハメられた)
 仕方なく、もう一度、朔太郎に視線を向けると、朔太郎は最初と同じ姿勢で、スマホに没頭していた。

(オレより先にスマホデビューしてるし)

「……」
 やっぱり、クラスで朔太郎にされたことは許せない、と思う。
 今だって、思い出すと悔しさが滲んでくるし、苦しくもなる。だけど。

 柚葉に変な事を吹き込まれたせいで、朔太郎の丸まった上半身が寂し気に映ってしまう。
 そういや朔太郎って、今まで学校を休んだことがなくて、皆勤賞狙ってるって話じゃなかったっけ?

「……」
 はあ、とため息を吐きながら、柚樹は逡巡し続けた。ちょっと前の自分なら、絶対に声をかけなかった。

 でも。
 いや、だけど。
 いや、でも。
 でも、今は……。

 やっぱり、ほっとけない。と、思ってしまう。また、イヤな思いをするかもしれないのに?

「……」
 柚樹は、すうっと、深呼吸をした。

 ちょっぴり冷たい冬の空気が、柚樹の頭の迷いを消し去ってくれる気がした。
 公園の周りで黄色く色づいたイチョウの葉が目に鮮やかで、綺麗だな、と思った。

(羨ましいから意地悪したくなる、か)
 柚樹はふうと、一気に息を吐きだして、勢い任せに朔太郎の元へ歩いていった。