「え?」
「他人に可愛い娘を取られるんだぞ。嫌に決まっとろうが。しかも相手は子持ちのバツイチときたもんだ。で、うちの娘は大学出て働き始めてまだ三年そこそこじゃぞ。夢だった保育士の仕事もやめて子供のために専業主婦になるとか抜かす。悪い男に騙されおってってな。こう、頭にカッと血がのぼって『ゆるさーん!』言うて、テレビドラマみたいに怒鳴ったわな」

 わっはっはとじいちゃんは笑いとばすけど、柚樹はとても冗談にはできない。
 子持ち、バツイチというワードが、柚樹の胸を容赦なくえぐる。
 やっぱりだ。

(やっぱりじいちゃんも、そうなんだ)

 歪んだ表情の柚樹を見ながら、じいちゃんは続けた。

「一度、お前の父さんに直接モノ申してやろうと、ばあちゃんに内緒でいきなり押しかけたことがあった」

 じいちゃんは、焚火の中から新たなアルミホイルを二つ取り出して、両手の中で行ったり来たりさせながら、懐かしそうに目を細めた。

「今にして思えばバカげた行動だが、あの時はそう思わなんだ。じいちゃんも若かったんだなぁ」

 お前の父さんの家に向かう途中、公園で楽しそうな子供の声が聞こえたとじいちゃんは説明した。
 はしゃぐ声につられて公園の中を覗いたら、そこにいたのは母さんと父さんと柚樹だった、と。

「まだこーんなちんまいお前とお前の父さんが遊具で遊んどった。ちょっと離れた木陰にレジャーシートを敷いて、お前の母さんは座っててな。ほんでお前の母さんが『気をつけてよ~』言うた瞬間、お前が遊具から落ちよった」

 そういえば、そんなことがあった気がする。
 確か、遊具のいろんなところによじ登ってジャンプする遊びを父さんとしていた。
 母さんに「落ちたら危ないからやめなさい」と何度も注意されて「大丈夫だよ」と手を振ろうとしたら、どしんと落ちたのだ。

「お前がぎゃんと泣いた瞬間、お前の母さんがドダダダーと靴も履かずに走っていった。お前を抱っこしながら『だから言ったじゃない!』って、お前の父さんに怒鳴りよった。あれを見た瞬間、こりゃ、いくら結婚を反対しても無駄じゃ、思うたわな」

「? なんで?」
「実はな、じいちゃんも昔、同じように一輝おじちゃんを遊ばして、ばあちゃんに同じように怒られたことがある」

 柚樹が焼き芋を食べ終わるのを見て、じいちゃんは、ほい。と、手で冷ましていたアルミホイルの一つを渡す。

「ありゃあ、どっからどう見ても家族にしか見えんかった。参った参ったー」
 じいちゃんも自分の分のアルミホイルをはがして皮ごとサツマイモにかぶりつく。
 それをゆっくりと味わい飲み込んでから、柚樹をじぃっと見た。

「お前がどう思っとるかは知らんが、お前はじいちゃんたちの初孫だぞ。目に入れても痛くない可愛い可愛い孫だ。ばあちゃんなんぞ、可愛すぎて時々食いたくなる~言うとるわ」
「……」

 母さんの病院での、ふくよかなばあちゃんの笑顔が浮かぶ。酷いことをたくさん言ったのに、それでも柚樹を庇おうとしてくれたばあちゃん。

「お前の母さんに赤ちゃんが生まれても、お前がわしらの可愛い初孫である事実は変わらん」
 柚樹の喉の奥が熱くなっていく。

「でも」と、かすれた声で柚樹は呟いた。

「……でも、オレはじいちゃんたちと血が繋がってないよ。じいちゃんたちの本物の孫は」
「孫に本物も偽物もあるか。血がどうのと言う奴は言わせとけ。じいちゃんとばあちゃんがユズを孫だと言っとるんだから、孫に決まっとろうが」

「でもきっと」
 涙が出ないように、柚樹はサツマイモを睨みつけた。

「でもきっと、血が繋がってる孫の方が可愛くなるんだよ。……家族って血が繋がってるから家族なんだ。生まれてくる赤ちゃんは、じいちゃんたちと血が繋がってて、母さんに顔が似てるんだよ。……オレと違って」
 母さんだって赤ちゃんが生まれたら、本物の子供の方が可愛くなるに決まってる。

「ユズ、お前……」
 じいちゃんの小さくて鋭い瞳が自分をじっと見つめているのがわかった。
 柚樹はサツマイモを睨みつけながら(何を言われたって泣くもんか)と覚悟する。

 じいちゃんの次の言葉が「そんなことない」という慰めでも、「そうかもしれんが」という言い訳だったとしても。