夏目のじいちゃんばあちゃんちに行きたいって言ったのは柚葉なのに。
 訳も分からず取り残されて立ち尽くす柚樹の肩を、ぽんと、誰かが叩いた。

「や~っぱりユズだったか。じいちゃん、目がいいじゃろ」
 振り向けば作業着に長靴姿のじいちゃんが立っていた。

「ゲッ、いつの間に!」
「じいちゃん、駿足じゃろ」

 わっはっはと笑う日焼けしたじいちゃんは、還暦間近とは思えないダイナミックな風貌である。
 アメリカのカンザス州にいそうなイメージ。カンザス州、知らないけど。

「ユズ、グッドタイミングじゃい。今、畑の枯草燃やして焼き芋しとったんだぞ。ちょうど焼きあがるところだ。はよ来い。今年のサツマイモは小ぶりだが目ん玉飛び出すくらい甘いぞ~。あ、ほっぺた落ちるくらいだったか。わっはっは」

「え、あ……うん」
 既に柚葉は、通りの角を曲がって見えなくなっていた。
 後ろ髪引かれつつ、柚樹はじいちゃんと並んで歩き出す。

「どうだ、一人暮らしは」
 唐突に尋ねられ、柚樹は驚いてじいちゃんを見上げた。

「何で知ってるの?」
「お前の父さんが空港からうちに電話してきてな。出張中に母さんが産気づいて連絡がつかないと困るので~、とかなんとか、言うとったわ。なんぞ焦っとってよう聞き取れんかったがな」

 わっはっは、と、何がおかしいのか、じいちゃんはまたしても豪快に笑う。

「お前が一人暮らししとるんは、ばあちゃんに内緒にしとる。アレに言うたら血相変えて押し掛けるんが見えとるからな」
(確かに)
 柚樹の頭にも、あれこれ世話を焼こうとする面倒くさすぎるばあちゃんがぱっと浮かんだ。

「誰にでも独りになりたいときくらいある」
 じゃりじゃりの顎髭を触りながら呟いたじいちゃんに、柚樹の心臓がドキリと跳ね上がった。

(じいちゃんは、オレが赤ちゃんを嫌ってること、気づいてるんだ)
 母さんのお腹にいる赤ちゃんは、正真正銘じいちゃんの孫だ。
 血のつながった、目に入れても痛くない、可愛い可愛い初孫。
 その初孫の誕生を嫌うオレ。

『義理孫は所詮他人です。よその子どもです。主人は「我慢するしかない」と言いますが……』

 ネットの投稿が思い出され、もくもくと柚樹の胸の中に深い闇が立ち込めていく。やっぱりじいちゃんも心の中では「我慢するしかない」って思っているのかな。

「ほれ、畑の奥で煙が上がっとるじゃろ。あそこでイモ焼いとる。焚火イモじゃ。今、ばあちゃんはお前の母さんのところに行っとるから、チャンスチャンス」

 いつもと同じじいちゃんの明るい声が、何故か嘘くさく聞こえて、柚樹の胸はズキズキと痛んでいた。