幼い頃の自分の真似をする柚葉が、ほんのちょっとだけど、ミクロレベルにちょっとだけど、ちょっとだけウザ可愛い、気がする。
 これがマジで小さい子だったら、もっと可愛かったりするんだろうか。

 たとえば、赤ちゃんが生まれて何年かして言葉を覚え始めたら、こんな風に、いろいろ言い間違いをしながら、拙く喋るんだろうか。
 それを見て、オレも可愛いと思ったりするのかな。幼い柚樹の言い間違いに柚葉がきゅんとしたみたいに。

 ふと、そんなことが頭をよぎって(オレは絶対に認めない)と、慌てて首を振った。

 隣の柚葉がにやにやこっちを見ていることに気づいて「なんだよ」と眉をよせる。
「べっつにぃ~」

「にぃにぃ。あーしゃん、どこ~」
 柚葉に文句を言おうとした時、本物の幼児の声が聞こえた。

 さっきのアシカブースでちっちゃな女の子が水槽におでこをつけながら中を覗き込んでいる。
「お前の上にいるんだよ。ちょっと待ってろ。にぃにぃが、抱っこしてぇ、この、柵の上にのせて、やる、から……」
 女の子より頭一つ分大きな男の子が女の子を持ち上げようとしているが、上手くいかないようだ。

「ここに乗せればいいの?」
 柚樹は男の子に近寄って尋ねた。
 いきなり声を掛けられて緊張しながらも、男の子がこくんと頷く。柚樹は女の子を抱き上げアシカがよく見える柵にそっと乗せてやる。

「にぃにぃ、あーしゃんみえたよ。にぃにぃ、しゅごい」
 男の子は「ちゃんと手すりにつかまれよ」と、慌てて下から女の子の足を支えている。

「すみません。ありがとうございます」
 ベビーカーをひっぱり慌てて駆けつけた兄妹のお母さんにお礼を言われ、急に恥ずかしくなった柚樹は、ぺこりとお辞儀をして柚葉のところへ駆け戻った。

「やるじゃん」と、柚葉が小突いてくる。
「なんだよ。トンネル行くぞ」

 照れくさくて柚葉の前を速足に進む柚樹の背中で「お兄ちゃんありがとう」と男の子が叫んでいる。恥ずかしくて前を向いたまま手を振った。

 心臓がドキドキする。さっきは勝手に足が動いていたのだ。柚樹は、自分で自分の行動にびっくりしていた。

(なんでオレ、あんなこと)

「愛されて育ったからよ」
 後ろを歩く柚葉がふふっと笑った。