「それもあるけど、一番は、オレが母さんに噛みついたせいなんだ」
「噛みついた?」

「うん。ママの誕生日にプレゼントするって、保育園で一生懸命工作を作ってた子がいたんだ。ママとパパと三人で出かけた動物園のことをすごく自慢しててさ。折り紙でキリンとかクマとか作って画用紙に貼り付けて、なんか、すんごい大作だった気がする。それが完成した日に、オレ、トイレの便器に捨てたんだ」
「うそ!」
 柚葉の目が驚きで丸くなった。

「ホント。酷いだろ」と柚樹も苦笑い。
(やっぱ酷いよな)と、胸がチクっと痛む。

「さすがの母さんも激怒した。いつもの叱るじゃなくて、本気で怒ったんだ。オレさ、そん時、なんていうか、母さんに裏切られた気がしたんだ。カッとなって思いっきり腕に噛みついた。先生たちが慌てて駆けつけてきて、もう大騒ぎ」
 本気で噛み続けていたら、血の味が口の中にたくさん流れ込んできた。びっくりして、口を離した。

「母さん、七針も縫う大けがだった」
 柚樹は窓の外に目を向ける。観覧車はちょうどてっぺんに達していた。
 夕焼けに染まる遊園地は、ちょっと物寂しい。

 あの時、母さんは、血を垂らしながら柚樹をまっすぐに見て何度も言ったのだ。

「どんなに寂しくても、いけないことはいけないよ」と。

 ケガしたままで、暴れる柚樹をぎゅっと抱きしめてくれて言ったのだ。

「先生がゆず君の寂しいにいっぱい嬉しいを入れるから、ゆず君も先生と頑張ろうよ」と。

 事情を知った父さんは真っ青な顔で駆け付け、何度も頭を下げ、治療費を渡そうとした。でも母さんは受け取らなかった。

 それじゃ、気が済まないので収めてください。
 受け取れません。

 真面目過ぎる二人の押し問答は、それから毎日続いた。

「それなら、そのお金でゆず君を動物園に連れて行ってあげてください」と、ある日母さんが提案した。それで……

「動物園は先生と父さんと三人で行くって、オレがめっちゃ駄々こねてさ。父さんと母さんが根負けする形で行くことになったんだよね」

 たぶん、それが、父さんと母さんが再婚するきっかけだ。だから、母さんと父さんの再婚は決してやましいものじゃない。恥ずかしくなんかないのに。

「なるほどねぇ」
 柚葉はしんみり呟いて、しばらく黙りこくったあと「二人の再婚エピソード、とっても素敵じゃない」と微笑んだ。

 柚葉の率直な言葉が、単純に嬉しかった。ちょっと心がスッキリする。
 でも、同時に妙な恥ずかしさも込みあがってきた。

「そ、そうでもないけど」

(なんでオレ、こんな話してんだろ)
 両親の馴れ初めを語る自分がハズい。つーか、ちょっとキモい。

「あ、あのさ」と柚樹は慌てて別の話題を探す。

「そういや、柚葉って彼氏とかいんの?」
「え?」