『ママ、あれ、のりたい』
『う~ん、でもあれは140㎝以上じゃないと乗れないみたいねぇ。柚樹が成長するのを楽しみに待つことにして、あっちの子供コースターに乗ってみようか』

『うん!』
『あら、子ども用でも身長制限があるのね。柚樹は……ちょっと足りないみたい』

『でも、のりたい……』
『柚樹、よおく聞け。ジェットコースターてのはな、悪魔の乗り物なんだ。乗るとな、こう、心臓が口から飛び出るんだぞ。あっちのメリーゴーランドとか観覧車の方がずっと楽しいぞ~。なにより安心、安全で人に優しい素晴らしい乗り物だからな』

『でも、じぇとこーすた、のりたい』
『柚樹ぃ、わがまま言うなよ~。無理なもんは無理なんだから』

『のりたい……』
『それじゃあ、柚樹がいっぱ~いご飯を食べて、身長があとこのくらい伸びたら、すぐにまた乗りに来ようね。ママと一緒に、ジェットコースターも、こわいこわーい絶叫マシンも、ぜーんぶ制覇しよう!』

『ぜったい? やくそく?』
『やくそくっ! 柚樹の成長が楽しみね。ジェットコースターの上から小心者のパパを見下ろしちゃおう~』

『みおろしちゃおう~』
『なにぃ~』



 カンカンカンカン。
 下から何かを叩く音が聞こえている。

「うう」
 柚樹は布団を頭までかぶって丸くなった。

 カンカンカンカン。
 金属を叩くような音は、だんだん大きくなってきて……

 ガンガンガンガン
「うっるさいな!」
 ドアを開けたら、柚葉がフライパンをお玉で叩いていた。

「おっはよー」
「……本当にフライパン叩いて起こす人、初めて見た」

「一度やってみたかったのよねー。さっさと着替えてご飯食べて行くわよ」
 昨日の作文事件を思い出し、柚樹は朝からどんよりした気持ちになる。

「……オレ、今日は学校休むわ」
「何言ってるのよ」と、あきれる柚葉に、「はあ~」とため息が出た。

(やっぱ、この人なんもわかってねーな)と、口を尖らせる。

「とにかく、学校は行かない。行かないったら行かない! 朝から説教とかやめろよ、ウザいから。オレ眠いんだよ」
 柚樹はふわぁと、わざと大きなあくびをして「んじゃ」と柚葉に背を向ける。

 昨夜は結局、夜中におにぎり食べまくって、着替えたり歯を磨いたりしたらギンギンに目が冴えて、しばらく寝付けなかったのだ。

(ゆっくり二度寝しようっと)
 ベッドに戻りかけた柚樹の腕を柚葉ががしっと掴んだ。

「んだよ、まだなんか」
「学校じゃなくて、ドリームランドに行くのよ。遊園地!」

「はい?」
 いたずらっぽく笑った柚葉が宣戦布告するようにビシっとお玉を掲げた。

「学校なんか、サボタージュよ」
「さぼ?」

「サボタージュ。知らないの? さぼっちゃうってこと!」
「……何それ、英語?」

「もう、ノリ悪いわね。まあいいわ。すぐに着替えて下に降りてきてね! 二度寝したらフライパン攻撃するからね~」
 じゃね、とお玉を振って「ドリームランド~、たからっくじ」とご機嫌に意味不明な歌を歌いながら、柚葉は階段を降りて行った。

 唖然としながら柚葉の去っていったドアを眺めていた柚樹は(あ)と、気が付いた。

「謝るの、忘れた……」
 フライパン攻撃に圧倒されて、気まずいのすら忘れていた。

(柚葉って意味わかんねー)
 フライパンとお玉を持った柚葉を改めて思い返し「ふっ」とおかしくなりながら「遊園地か」と柚樹は呟いた。

(そういや、小3の時以来だなー)

 考えたらワクワクしてきて、クローゼットの扉を開ける。せっかくの遊園地だし、ビシっとおしゃれに決めたい。
 夜中の寒さが嘘みたいに、今朝は窓から太陽が降り注ぎ、そんなに寒くなさそうだった。

(でも、冬っぽさは出したいよな)と、オフホワイトで薄手のタートルネックセーターを取り出す。そこに黒のパンツを合わせて、ちょっとごつめなシルバーネックレスもかけてみる。

「よし」と姿見の前で柚樹は頷いた。これなら、高校生……は言い過ぎでも、中学生くらいには見えるかな。

(一応、女子高生と出かけるわけだし)
 デートの文字が浮かび、顔を赤くした柚樹は「そんなんじゃねーし」と慌てて否定したのだった。