『まま。おにぎりくらしゃい』
『え? おにぎり食べたいの?』
 ママがしゃがみ込んで聞くので、こくんと頷いてみせる。

『よおし』
 ママがにっこり笑った。

『おにぎりのおなかに何入れようか?』
『しーきちん! のい、ましましでおねがいしまぁす』

『あいよ!』
 ママが笑っている。

『しーきちんおにぎりに、のりマシマシですね、お客さん!』

 ぐ~~~~~。

 お腹が空いたせいで変な夢を見た。自分の腹の音で目を覚ますなんて、マヌケすぎる。 

 カチカチカチと、ベッドの上で目覚まし時計が秒針を刻んでいた。いつの間にか部屋は真っ暗だった。
「寒っ」
 ぶるっと震えて足で布団を引っ張り上げる。

 なんか、急に冬っぽくなってきた。毛布を増やさなきゃ寝ているうちに凍死するかも。

(そういやオレ、いつの間に寝てたんだ?)
 学校から帰って、柚葉に八つ当たりして……ベッドにダイブして。ふと見れば、パーカーも羽織ったままだった。

(今、何時だろう)
 目覚まし時計のライトボタンを押すと、青白い光が文字盤を照らした。

 1時25分。
(めっちゃ夜中じゃん。何時間爆睡してんだ?)
 ショックすぎて、脳がシャットダウンしたのか?

 とか考えていたら、急激にトイレに行きたくなった。

 二階のトイレで用を足していると、またお腹がぐ~~~~と大きく鳴る。

(うう、腹減った~)
 変な夢を見たせいで、無性におにぎりが食べたい気分だった。

 仕方なく、そろりそろりと階段を下りて廊下から中の様子を伺う。しん、と、静まり返り寒々としたリビング。
 どうやら柚葉は奥のママの部屋で寝ているようだ。柚樹はほっと胸をなでおろした。今、柚葉と顔を合わせるのは絶対に避けたかった。

 ぐ~~~~~~~と、凄まじくお腹が鳴って、慌てて柚樹は胃の辺りを抑えた。

(母さんの冷凍食品でも温めるか……でも)
 でも電子レンジの音で柚葉が起きたらヤダな。
 お菓子とか、あったっけ、と、リビングのダウンライトの絞りを弱にして、そっとスイッチを入れる。

(あ)
 ダイニングテーブルの上に、おにぎりが3つ、お皿にででんと乗ってラップがかけられていた。
 母さんの三角おにぎりとは違い、ボールみたいにごろっとデカいおにぎり。
 外側は焼きのりで真っ黒だった。不格好にもほどがある。

「へったくそなおにぎりだな」
(オレだってもうちょい上手に握れる自信があるぞ)と思いつつ、ラップを剥がすと、しなしなのノリの匂いがぷうんと香った。

 ぐ~~~~~~~~~~と、柚樹の胃が反応する。

 椅子に座るのももどかしく、柚樹は立ったまま大口でそのおにぎりにかぶりついた。

 口に入れた瞬間解けるような母さんのふんわりおにぎりと違って、米がギュウギュウに詰まっていて、食べ応え満点のおにぎりだ。
 中身は醤油マヨネーズのシーチキンが、溢れんばかりにたっぷり入っている。

(へたくそだけど、なんか……)
 1つ目を飲むように食べ終えて、2つ目のおにぎりに手を伸ばしながら、柚樹は首を傾げた。

(なんか、懐かしい気がする)
 心がぽかぽかするような、そんな味?

 ただのおにぎりのくせに、何故だかこれを食べたら背まで伸びる気がしてくるのは、おにぎりがめちゃめちゃデカいせいかな。

 柚樹はおにぎりを口に運びながら、柚葉の眠るママの部屋に目をやった。

(ちょっと……言い過ぎたかな)
 明日、謝った方がいいよな。でも、顔を合わすの、気まずいな。

 悩みながら、早くも3つ目のおにぎりを手に取る。

(それにしても、ほんっと下手くそ)
 ふっと、笑いながら柚樹はその味を噛みしめた。

 やっぱり、懐かしい味がする、と思っていた。