「どういうつもりだよ!」
 玄関を開けるなり、柚樹は家の中に向かって怒鳴り散らす。

 リビングの柚葉は、のほほんと洗濯物を畳んでいるところだった。それがまたムカついて、どさっと、ランドセルを目の前で乱暴に投げ捨てると、柚葉は丸い目をまんまるに見開いた。

「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ! あの作文だよ! なんであんなこと書いたんだよ!」

「なんでって、今朝はあんなに感謝してたじゃない」
「それは内容を知らなかったからだろ! 先生がみんなの前で読んだんだぞ! どうしてくれんだよ!」

「あら良かったじゃない。みんなに言いたくても言えなかったことでしょ」
「良くねーよ! つか、あんなこと思ってねーし。柚葉のせいで赤っ恥だ! もう明日から学校行けねーじゃんか」

「そんな、作文くらいで大袈裟ね」
「は? 大袈裟ってなんだよ! 無責任すぎんだろ! オレにとっては死活問題なんだよ!」
 激高する柚樹に、柚葉は顔をしかめた。

「もとはと言えば、柚樹が内容を確認しないで提出したのが悪いんでしょ。そもそも宿題を忘れたのが悪いんじゃない」
「それは!」
 ぐっと、痛いところをつかれて言葉に詰まる。

「とにかく、もう絶対に勝手なことすんなよ! 次やったら追い出すからな! ああ~マジ信じらんねぇ。柚葉に学校のこと話すんじゃなかった。柚葉のせいで最悪だ!」
「え、ちょっと」

 わざと大きな音で階段を上がる柚樹に「おやつは?」と柚葉がマヌケに声をかけてくる。こんな時に、おやつって。

「いるかよ! 夜ご飯もいらねー。マジで話しかけてくんな!」
 ばたん。と自分の部屋のドアを閉めて、普段は使わない鍵もかける。柚樹は勢いのままパイプベッドにダイブした。

「終わった……」

 絶望感に打ちひしがれながら、額に腕を乗せて呟く。
 全部柚葉のせいだ。……ちゃんと中身を確認すればよかった。

(でも普通、あんなこと書くなんて思わないじゃんか)
 聡明高校だし上手く書いてくれたに違いないと、安心しきっていた。なんなら上手な作文ですねと褒められるかも、とか、ちょっと期待してたオレのバカ。

「マジ最悪」
 もとはと言えば、宿題を忘れた自分が悪い。そうだけど。

 でも、だからって、あんなこと作文に書くことないじゃんか。林先生もわかってなさすぎだろ。正論とか、正義感とか、そういうのが一番ウザがられんだよ。

(オレの人生、おしまいだ)
 登校拒否。小学校中退。転落人生……
 お先真っ暗。

「…‥終わった」
 柚樹は目をつぶったまま呻いた。



 階段の下から二階を見上げ、柚葉は途方に暮れていた。

(失敗だったかしら)
 あの作文は柚樹に読ませるために書いたのだ。他人が書いた作文なら、提出前に必ずチェックするだろうと思っていたから。

(まさかあの子が、読まずに提出するなんて)

 会った時からなんとなく思っていたけれど、私の知っている柚樹と今の柚樹の性格は、だいぶかけ離れている。

 幼児にしては落ち着いている、おっちょこちょいなママと違ってしっかりしているわねと、親戚の間で評判だったあの子の8年後がこれとは、お釈迦様もびっくりよ。
 たった8年なのに。

(されど、8年か……)

 カンカンに怒ってしまった柚樹。

「12歳の柚樹は……」
 柚葉は腰に手を当てて「反抗期かしらねぇ」とため息を吐いたのだった。