事件が起きたのは、帰りの会の直前だった。

 週の始めの長い長い月曜の授業もようやく終わり、後は林先生が戻ってきて、帰りの会が始まるのをみんなうずうず待っているところだった。

「今日、遥ちゃんちで遊ぶけど、一緒に行く?」
「行く行くー! おやつ持ってくね」

「放課後、校庭でサッカーしようぜ」
「ええ? そこはドッヂっしょ」

「オレ今日塾だぁー」
「うちはピアノだよ~」

 クラス内の気持ちはとっくに放課後に移行していた。ちょっと前なら、柚樹もその仲間に入っていたはずだ。
 放課後は、暇な友達と校庭でドッヂボールやサッカーをして夕方まで遊ぶのが日課だった。

 でも今は、柚樹に遊ぼうと声をかけてくる奴はいない。
 柚樹と話せば、ここぞとばかりに朔太郎たちが駆けつけて「お前もエロいんか?」「妊娠するぞ」と言われるから。

 ダチだと思っていた康太と春信は、放課後二人揃って一目散に逃げ帰る。ムカつくけど、もし自分がアイツらの立場だったら、と考えると二人を責められなかった。

 自分だって同じことをしているかもしれない。誰だって面倒ごとはごめんだ。平穏に暮らしたいから。

 仕方ない、と思う。思うけど……。

 ガラガラ、と教室の扉が開いて林先生が入ってきた。その表情を見て、みんな、はっと息を飲む。
 先生は薄い唇をきゅっと結んで目をつりあげ、見るからに不機嫌そのものの顔をしていたのだ。

 不機嫌な林先生は、誰かの作文用紙を手にしていた。

「あれ、今朝提出した宿題だよね?」
 ひそひそ。

「上手だった人のを読むのかな」
「違うって。見ろよあの顔。あきらか怒ってっし」
 ひそひそ。

「男子の中に、ふざけた人がいたのよ」
「なんで男子限定なんだよ」

「そういう子供っぽいことするの男子に決まってるじゃない」
「静かに!」
 林先生が強く手を叩いた。

「今日は帰りの会をやめて、この作文についてみんなで話し合いたいと思います」

「やっぱり、男子がふざけたのよ」
「だからなんで男って決めつけんだよ」

「静かにしなさい!」
 林先生の金切り声に、クラスがしんと静まり返る。

「読み上げます」
 教壇で林先生が作文用紙を広げ、人工的に赤い唇をゆっくりと開く。

「僕の家族。秋山柚樹」
「!」
 思いがけず自分の名前が呼ばれて、柚樹の心臓は飛び上がった。

(なんで、オレ?)

 心底驚いたあと、重大なことに気が付いて、今度はドクドクと内臓全体が脈打つ。

 そういえば、オレ、作文の内容を読まずに提出した……

 ドクドクドクドク。
 一体、柚葉は何を書いたんだ?

 ドクドクドクドク。
 さっきまで他人事だった柚樹の身体から、じっとり嫌な汗がにじみだした。みんなの視線がぐさぐさ刺さる。

 林先生が、ちらっと柚樹に目をやって小さく頷いてみせた。

 ……嫌な予感しかしない。