「うちの朝食はさ、ご飯だろ、焼き魚だろ、みそ汁に、おひたしの小鉢とか、とにかくいっぱいあって、食べるのに時間がかかるんだよ。味はまあ悪くないけどさ」
「朝からそんなに?」と、柚葉が大きな目をまん丸くする。

「信じらんねーだろ? 友達(今はいないけど)のうちはシリアルとか、菓子パンとか、ささっと食べやすそうなのにさ。うちは朝食のために早起きしなきゃなんないんだぜ。もっと寝かせてくれよって話」
「ふうん。そういえば、冷凍庫にもいろんなおかずが小分けにして入ってたわね」

「母さん栄養士の資格持ってて食べ物にうるさいんだ。朝食が未だに和食って、マジ昭和かよって感じ。古くね?」
 てっきり同意を得られるものと思っていた柚樹だったが、予想に反し柚葉は「柚樹は贅沢ねぇ」とため息を吐いた。

「贅沢? なんで?」
「だって柚樹のお母さんは、家族に栄養満点の美味しい朝ごはんを食べさせるために、毎日早起きしてるのよ。和食ってすごく手間がかかるんだから。毎朝そんな美味し~いご飯を食べさせてもらって、それを当たり前だと思っているところ、贅沢すぎよ」

「……んだよ、せっかく柚葉の朝食褒めたのに……時間ないから歯磨きしてくる」
 とんだ説教をくらった柚樹はむすっと洗面所に向かう。

 シャカシャカ口の中を泡立てる自分を鏡ごしに見ていたら、頭の中で、けたたましい目覚まし音が鳴り響いた。

 母さんの部屋の目覚まし時計はいつも朝の5時くらいに鳴る。そのやかましさで一瞬起こされるのがいつも迷惑だった。まあ、すぐに二度寝するけど。

「最近、朝起きれなくて」と、妊娠してからはスマホの目覚ましまでセットしてたっけ。そんなに朝が苦手なら、早起きしなきゃいいのにと、柚樹は不満だったのだ。

 だけど、母さんが早起きする理由は家族に朝ごはんを作るためで、つまり、オレや父さんのためで……。
 だし巻き卵、焼き魚、季節の野菜の小鉢、具沢山の味噌汁……

(やっぱ手間がかかるもんなのかな。料理とか、あんましたことないからよくわかんないけど)
 毎朝早起きして、父さんと自分のために朝ごはんを作る母さん。柚樹と父さんのためにおかずを冷凍して体調を崩した母さん。

(家族のためか)
 家族ってなんだろう。と、歯磨きを終えてうがいをしていた時、「あっ」と、柚樹はあることを思い出して青ざめた。

「家族作文やってないじゃん!」
 もう今からじゃ間に合わない! てか、学校もギリギリだし。やべぇ、どうしよう。

 頭を抱えてリビングに戻ると「はい」と、柚葉が二つ折りにした原稿用紙を手渡してきた。

「そんなことだろうと思って、代筆してあげたわよ」
「え? 嘘? マジ?」

 ぴらっとめくると、原稿用紙二枚とも文字がびっしり連なっている。しかも、母さんと違って達筆じゃない。
 そして偶然にも筆跡が柚樹と似ていた。これならバレなそう!

「助かった~! 林先生、あ、オレの担任なんだけどさ、若い女の先生でめっちゃヒステリーなんだよ。サンキュー、さっすが聡明高校!」
 柚葉を持ち上げながら急いで作文用紙をランドセルに突っ込む。本気で時間がなくなってきた。