「話は変わるけど、妹が生まれるのねぇ。賑やかになるわね。楽しみだね」
 そう言って、柚葉はにっこり笑いかけてくる。いきなり赤ちゃんの話を振られた柚樹はムッとなった。

「は? 全然楽しくねーし」
「え? 赤ちゃん、楽しみじゃないの?」

 まるで、人間なら『赤ちゃん=楽しい』が当たり前みたいな言い草で、柚葉が目を丸くしながら聞いてくる。この人もかよ、と思いながら「全然」と、柚樹はむすっとした。

 楽しみだねぇ。賑やかになるなぁ。めでたいねぇ。
 マジで、うんざりだ。

 どこが楽しみで何がめでたいんだよ。賑やかって、おぎゃーおぎゃー泣いてうるさいだけだろ。

「親が勝手に作っただけでオレには関係ないし」
「でも、柚樹の妹が生まれるんでしょ?」

「妹って言っても、生まれてくるのは半分他人だぜ。オレと母さんは血がつながってないんだから」
「……」
 妹とか、赤ちゃんとか、兄妹とか、聞いただけで脳みそが沸騰してくる。

「第一、なんで今更赤ちゃんなんか生むんだよ。父さんは再婚なんだから子供作るなよ。恥ずかしいじゃんか」
「恥ずかしい?」
 柚葉が形の良い眉をよせた。

「どうして赤ちゃんが生まれると恥ずかしいの? めでたいことじゃない」
「それは結婚した夫婦の話だろ。再婚とはちげーし」

「再婚も結婚の一つよ」
「でも全然違うだろ」

「何が違うの?」
「そりゃあ……だって、そういうもんだろ! みんな言ってるよ」
 母さんが元保育園の先生だったことが頭をよぎったが、それは言わなかった。

「みんなって、学校の友達ってこと?」と、柚葉が頬に手を当てる。
「そうだよ! つまり世間では再婚と結婚は全然違うもんなんだよ」

「う~ん。よくわからないわね」
「だからぁ」

 もどかしくて、勢い任せに喋っているうちに、柚樹はクラスでの出来事を柚葉に話してしまっていた。父さんにも母さんにも、じいちゃんばあちゃんにも、先生にだって相談してなかったのに。

 しまったと思ったけど、言ってしまったものは仕方ない。それに、一度喋りだしたら止まらなかった。
 カッと頭に血がのぼって、思いつくままに話しているのに、それでも母さんが元保育園の先生だったことを上手く隠している自分に、柚樹は苛立つ。

(つまりオレは、元保育園の先生の母さんと保護者の父さんが再婚したことを恥ずかしいと思っているんだ)

 やっぱり再婚って普通じゃないんだねー。
 再婚の子ってちょっと可哀想~。
 女子たちのひそひそだけどキンキンした声が頭の中をかき乱す。

「それでオレがみんなからエロいって言われてんだよ! 毎日毎日イジ……からかわれて、白い目で見られてるんだよ! 母さんが妊娠したせいだよ。父さんも自分が再婚だってこと自覚して子供なんか作るなよ! 赤ちゃんなんか死ねばいいのに!」

 一気にまくしたて、ハッとした。
 さすがにマズい。最後の一言はマズかった。
 絶対説教パターンだ。死ねとか簡単に言っちゃだめよ。みたいなやつ。

 死ね。は大人の前ではタブー単語だった。小学校の道徳の時間、しつこく問題定義されるから。

 ふざけていても絶対に言ってはいけません。