「なるほど~。4歳の時にママは亡くなって、小学1年生の時に今のお母さんと再婚して、もうすぐ妹が生まれると。そしてお父さんは急な仕事で今日から一週間ベトナム出張なのね」

 まるで自分の家にいるみたいなくつろぎ方で、ソファに座った女子高生が柚樹の話を整理している。
 これまでの女子高生の言動から推測すると、おそらく女子高生は死んだママの知り合いのようだった。

「にしても、あの裏切り者め」
 女子高生がぼそっと呟いた。

「え?」
「ううん、何でもない、こっちの話」
 手をひらひらさせた女子高生が取り繕うように笑っている。

 今、裏切り者って言ったような……
 なんか、胡散臭いんだよな。悪い人ではなさそうだけど。と、柚樹は女子高生をじろりと眺めた。

「それで、ママとはどういう関係なんですか?」
「うん?」

 ママが死んだのは柚樹が4歳の時だ。柚樹は今12歳。つまり亡くなったのは8年前のことだ。
 この人、高校生だよな。てことは、16歳~18歳?

 仮に高校3年生の18歳として、ママが死んだときは10歳。子供だ。そんな子供とママとの関係……。
 一番しっくりくるのはこの人がママの親戚、つまり春野のじいちゃんばあちゃんの親戚って線。
 オレのいとこ的な人?

 だけどそれなら、ママが死んだのを知らないのは変だし、親戚がよく集まる春野のばあちゃんちにそこそこ遊びに行くオレが、この人を知らないってのも妙だ。

(う~ん)と、柚樹は頭を巡らす。

 でもこの人、オレを見てすぐ、「柚樹?」って聞いてきたんだよな。しかも、やたら親し気に。

「ママとどういう関係って言われてもなぁ」
 ソファの上で、女子高生も困った顔で考え込んでいる。
 説明が難しいほど複雑な関係なのか? と、柚樹は眉をよせた。やっぱ、いろいろ怪しい。

「オレの名前も知ってましたよね。前に会ったことあるんですか?」
「そりゃあるわよ、だって柚樹は……」
 言いかけて、うほんと、女子高生は嘘くさい咳払いを一つする。

「ほ、ほらぁ、柚樹はママ大好きっこだったからぁ、いっつもママにくっついてたのよぉ。あの頃の柚樹は可愛かったわね、おほほほ」
「……」

(いや、怪しすぎだろ!)

 それと、どうでもいいけど女子高生にしては、話し方がおばさんっぽい。まあ、ホントどうでもいいけど。

「ママの実家の、春野のばあちゃんの親戚ですか?」
「うん? そ、そうそう……親戚、親戚。おばあちゃんとおじいちゃんは今も元気?」

「はあ。元気ですけど……親戚なのに、ばあちゃんたちと会ってないんですか?」

「え? ああ、親戚って言っても遠縁なの。おばあちゃんの妹の旦那さんの、弟の奥さんの子供の……って感じでね。だから、春野さんとはあんまり親しくないのよね。君のママとは、昔……、そうそう親戚のお葬式で会ったのよ。その時ちっちゃな柚樹もいて、ほら私もまだ子供だったから、三人で一緒に遊んだのよね。で、私が柚樹のママにすっかり懐いちゃって、よく遊んでもらったのよぉ。ほら、柚樹のママって、すっごく楽しくて、すっごく優しくて、若くてきれいでお姉さんみたいだったじゃない? 憧れてたのよねぇ」

 自分の言ったことに自分で納得するみたいに、女子高生は大きく何度も頷いている。

「ふうん……あ、そうだ、名前は? 名前教えてください」
 明らかに胡散臭いけど、ママと自分を知っているのは確かなようだし、それなら、名前を聞けば何かわかるかもしれないと、柚樹は思いついた。

「私は秋山……」
「え? 秋山?」
 うほんと、また咳払いをして女子高生があからさまに目を泳がせる。

「そ、そうなのよねー、春野さんの遠縁なのに、偶然苗字が一緒で驚いたわー。それでママと盛り上がっちゃって仲良くなったんだった。おほほ」

(10歳の子供が苗字で盛り上がるか、フツー?)
 いぶかしむ柚樹から逃れようと、くりくりの瞳が、あっちへこっちへ泳いでいる。いや、絶対嘘ついてるときの目だよ、これ。

 と、せわしい動きが中庭の辺りでぴたっと止まった。

「柚、葉……柚の木の柚と、葉っぱの葉で柚葉。私、秋山柚葉って言うの。いい名前でしょ! うん、いい名前!」
 何故か、女子高生は嬉しそうに笑って「よろしくね」と、柚樹ににっこり笑いかけた。

 ちょっと、カワイイ、なんて不覚にも思ってしまった柚樹は、慌てて話を続ける。

「……で、秋山柚葉さんは」
「柚葉でいいよ♪」

「じゃあ、柚葉さんは」
「だからぁ、柚葉さんじゃなくて、柚葉! あと、敬語もなしね。柚樹に敬語を使われると、なんかこう、寒気がするわ」
 女子高生がぶるっと震えて、両腕で大袈裟に自分をさする。

(なんでだよ。マジで意味わかんねーんだけど)
 柚樹は眉をよせながらも、敬語を強要されるよりはマシかと考えなおす。

「……じゃあ、ゆ、柚葉……は……、中庭で何してたの?」
 見知らぬ女子高生をいきなり呼び捨てとか、こっちだってやりにくい。

「え? あ、えっと、それはね……ほら、学校帰りにこの近くを通ったのね。私ほら、そこの坂下の聡明高校に通ってるの。賢いの。それで、急に、本当に急に、ふっとママのことを思い出して懐かしくなったのよね。中庭でよく遊んだなぁ。あの柚の木が、まだ、こ~んな棒みたいな頃だったなぁ。懐かしいなぁと思ってたら、つい勝手に足が向いちゃって」
 こつんと、拳で頭を小突いて「私ったら、勝手によそのお宅にあがりこんじゃって、ダメね。柚樹は絶対にしちゃだめよ」と笑った。

(……)
 口調が親戚のおばちゃんみたいだ。まあ、いいけど、別に。てゆーか、突っ込むのはそこじゃなくて……。

「学校帰りって、今日、日曜ですけど」
「え? っと。ぶ、部活よ部活~。ほらぁ、柚樹ったら、また敬語になってるわよ」

 挙動不審な柚葉を見ながら(手ぶらで部活?)といぶかしむ。制服を着た柚葉は、その他何も持っていなかった。

「ああ、でも、そっかぁ。ママは死んじゃったのねぇ」
 話を逸らすように、しみじみする柚葉。超怪しいけど、何故か悪い人には見えないんだよな、と柚樹はため息を吐いた。

 確実になんか隠してるっぽいけど。だけど、なんか憎めない、みたいな。

 話せば話すほど、妙に親近感が湧いてくるのも不思議だった。とりあえず、柚樹と死んだママを知っていることだけは、真実な気がする。