ドキドキと、鼓動が再び速くなっていく。
 すごくすごく緊張して、軍手の中の手がどんどん冷たくなっていく。

「あのね、私は、私なの。私は秋山柚葉で、15歳で、夏目と秋山と春野のおじいちゃんおばあちゃんの孫で、お父さんとお母さんの子供で、秋山柚樹の12歳離れた妹で……」

 上手く、言えない。
 でも、でも。

 すう~っと、思いっきり冷たい空気を吸い込んだ。

「私は、他の誰かじゃない、私なの! お兄ちゃんには、他の誰かじゃなくて、私を見て欲しいの」

 言った瞬間、涙がポロリと一粒落ちて、慌てて瞼をごしごし拭う。

 お兄ちゃんに聞いてほしかったのに、やっぱり言わなきゃよかったと、もう後悔している。
 お兄ちゃんは、誰かに似ている私のことが好きかもしれないのに。
 唇を噛みしめて、俯きながら涙を堪えるのが精一杯だった。

 パチパチパチっと、やけに焚火の爆ぜる音が大きく聞こえていた。

 ふと、軍手を脱いだお兄ちゃんの手が頭上に降りてきて、ぐりっと乱暴に柚葉を撫でた。
 顔を上げると、茶色い瞳があった。あったかい、ホッとする焚火みたいな優しい目。

 お兄ちゃんは微笑んで言った。

「ごめんな。柚葉に辛い思いをさせてたんだな。痛かったな。頑張ったな」

 その瞬間、涙と鼻水がぶわーーーーーと溢れた。

「おにいぃぃぃ~ちゃーん」

 柚葉は、がしっとお兄ちゃんにしがみついて、お兄ちゃんの高そうなコートを涙と鼻水まみれにしながら「浴衣、ごめんなさい。お兄ちゃん、ごめんなさい」と何度も何度も謝る。

「柚葉は何も悪くないよ」と言うお兄ちゃんのコートに顔をこすりつけ、ぐりぐり頭を横に振る。

 スタイリストになって、お兄ちゃんの役に立ちたいっていう夢は、本気の本気だ。
 でも。
 だけど。

 本当は、ママの浴衣じゃなくて良かったのだ。
 サイズアウトして着れなくなった自分の服をリメイクすれば良かった。

 ママの浴衣を使ったのは、たぶん、ただの嫉妬だ。

 完成したトップスは、お母さんの言う通り全然上手じゃない。
 どんどん想像とかけ離れていく無残な浴衣を何とか形にしようとするのが精一杯で、やればやるほど罪悪感が募っていった。
 それを、見て見ぬふりしてやりすごした。

 だけど本当は、誰よりも自分がわかってる。

 お兄ちゃんの大事なモノを、私は台無しにしてしまった。
 すごくすごくヒドイことをしたって、自分が一番わかっていた。
 だけど、もう引き返せなくて。

 くくっと、ふいにお兄ちゃんが笑って、柚葉の背中をさすりながら、夏目のおじいちゃんみたいな口調で言った。

「いいぞ! 泣け泣け! 全部出せ」