浴衣リメイクのトップスを見たお兄ちゃんは、怒ることも、驚くこともしなかった。
 変わらない穏やかな瞳のまま、ただ静かに、柚葉を見ている。

(お母さんかおじいちゃんから、私がママの浴衣で洋服を作ったこと、知らされてたんだろうな)

 動じないお兄ちゃん。
 でも心の中では、すごくすごく悲しんでいるかもしれない。
 
『柚葉に似合うだろうなって、ずっと昔から思ってたよ』

 特急列車に揺られながら見たあの夢が、浮かぶ。
 それに、お兄ちゃんは、私が聡明高校へ行くことを密かに望んでいる。
 本当はそれも気づいている。
 でも、私はもう……

「私、聡明高校には行かない。高卒の資格が取れてファッションとかヘアメイクも学べる専門学校に行きたいの。いろいろ調べて、行きたい学校も決まってる」

 お兄ちゃんはしばし考えこんでから、首を傾げた。

「……それは、高校を卒業した後じゃダメなのか? 高校を卒業してから専門学校に入ることも」
「そんなに待てないの! 私、絶対に叶えたい夢があるから」

「叶えたい夢?」
 お兄ちゃんを見つめて、柚葉はこっくりと頷いた。

「私、お兄ちゃんの、春芽柚のスタイリストになりたいの! 秋山柚樹の妹の秋山柚葉として」
「え……」

 全く予想していなかったのか、お兄ちゃんは本気で驚いていた。
 鳩が豆鉄砲食ったような顔。
 こんな顔のお兄ちゃんは初めて見た。

「私、プロのスタイリストになって、お兄ちゃんの役に立ちたい! そのためには、少しでも早く業界のことを学んで独立したいの! だってお兄ちゃんと私は12歳も歳が離れてるんだよ。高校卒業してから専門学校に入るとか悠長なことやってたら、お兄ちゃん引退しちゃうじゃん」

「……」

 目を真ん丸にして柚葉を見ていたお兄ちゃんが、やがて「ぷっ」とふき出した。
 くっくっくっく、とお腹を抱えて笑っている。

「何がおかしいの? 私は本気で」
 柚葉の前に手を掲げて「違う、違う」と、お兄ちゃんが目に涙を溜めながら釈明する。

「数年後にはオレ、芸能界引退の危機かよって思ったら、変につぼった」
「……あ」
 いろいろ失礼な発言だったと気が付いて「そうじゃなくて」と、柚葉は真っ赤になる。

「わかってる。大丈夫だよ」
 お兄ちゃんはふうと、深く息を吐いてから、もう一度、じっくりと柚葉の浴衣リメイクに目を通した。

「なるほど。専門学校に進みたいっていう本気度を、その浴衣に込めたってわけか」
「それもあるけど、一番は、これを着た私をお兄ちゃんに見せたかったの」

「?」
 意図を飲み込めず首を傾げるお兄ちゃんを、柚葉は見つめた。