ガタタン。

 右も左も、ずらーっと露店が並んでいる。

『うわぁ……人多いね』
 お兄ちゃんをちらっと見て、どうしようと心配になった。
 お兄ちゃん、普段着だし、顔丸出しだし。

『どうした?』
『どうしたって……』
 私はひそひそ声で言う。

『大人気イケメン俳優の春芽柚が、顔出しでこんなところ歩いて大丈夫なの?』

 春芽柚は、芸能界でのお兄ちゃんの名前だ。
 お兄ちゃんは都内の大学に通学中、大手モデル事務所にスカウトされて、アルバイトとしてモデル業を始めた。
 そしたらどんどん人気が出ちゃって、大学卒業後は『春芽柚』と言う名前で本格的に芸能活動をスタートさせることになった。
 で、大ブレイクしてしまったのだ。

 今はドラマやCMに出まくりで、検索ランキングのトップテンに名前を見ないときはない。

 うちのクラスの女子もファンが多くて、みんな、お兄ちゃんの写真の切り抜きとかシールをクリアファイルや下敷きにデコってる。
 そういうの見ちゃうと、妹的には複雑だけど。

『年上でも春芽柚だったら全然アリだよね』と言われても、うんって言いにくい。

『あたしの柚だし』『いや、あたしの彼氏だから』とか、言いあっている友達を見ると、なんか、ぞわーっとする。
 もちろん、春芽柚が私のお兄ちゃんだってことは、みんな知らないんだけど。

 それから……
 それから、ファンが多くなればなるほど、お兄ちゃんが遠い人になっちゃった気がして、不安になる。
 実際、お兄ちゃんの人気が上がれば上がるほど、お兄ちゃんが忙しくなって全然会えなくなるし。

 時々、本当に春芽柚が私のお兄ちゃんなのかと、疑わしくなる。
 まさか、私の妄想だったりしないよねって。

 どうせなら、全然血が繋がっていない方がよかったって、思うこともある。
 そしたら、みんなと一緒に私もキャーキャーできたのにって。
 妹であるがゆえに、私だけお兄ちゃんの話題に入れないのは、なんか、すっごく不公平だ。

『こういうのは堂々としてたらバレないもんなんだよ』
 お兄ちゃんがニヤッと悪そうに笑った。

『そういうもんかなぁ』
『そういうもんだって』
 お兄ちゃんの大きな手が、私の頭にぽんと乗る。

『それに今は、春芽柚じゃなくて秋山柚樹。柚葉の兄ちゃんだろ?』
『……そんなテキトーなこと言って、バレても知らないんだから』
 子供っぽいって思われたくなくて、わざとそっけなく言いながら、心の中で小躍りした。

(今は、春芽柚じゃなくて秋山柚樹。柚葉の兄ちゃん。私のお兄ちゃん)

 ……嬉しすぎるんですけど!