『なんか、兄ちゃんに頼み事があるんだろ、言ってみ』
 お兄ちゃんがニヤッとする。

『言っても、嫌いにならない?』
 おかしそうに笑うお兄ちゃん。

『なるほど。それでそわそわしてたのか。母さんは兄ちゃんのこと心配してるだけだよ。大丈夫だから言ってみ』
『本当に?』

『本当に』
 よかったぁ。そうだよね。
 お兄ちゃんがあたしを嫌いになるなんて、絶対絶対ないもんね。

『あのね、あのね。愛ちゃんが動物園すっごく楽しいよって。結ちゃんもご飯食べながら動物見れるよって言ってたの。お土産屋さんにかわいいぬいぐるみもいっぱいあるんだって!』
『動物園かぁ。そういや、随分前にリニューアルしたんだったな』

『お母さんもお父さんも、今は寒いから暖かくなってからって言うの。でも、今行きたいの! みんな行ってるのにあたしだけまだなんだよ』
『みんなぁ?』
 お兄ちゃんの疑わし気な目に、どきっと緊張しながら『うん、みんな』と小さく頷いた。

 本当は、愛ちゃんと結ちゃんから聞いただけ。
 でも、愛ちゃんと結ちゃんが行ったなら、みんなだ。
 だって一人じゃないもん、二人はみんなだもん。

『しょうがねーなぁ』
 苦笑いしたお兄ちゃんが『いいよ』と頷いた。

『本当?』
『でも、次の日曜日だぞ。兄ちゃん学校あるからな』

『うん、お兄ちゃんありがとう! あたし、家族の中でお兄ちゃんがいっちばん好き!』
『わかったわかった。母さんにバレる前にさっさとケーキ食べちゃえよ』
『はーい』
 グサッとパウンドケーキにフォークを刺して大口で食べ進める。

 楽しみだなー。動物園!
 早く行きたいなー。
 何見ようかなー。
 愛ちゃんが動物いっぱいいすぎて、全部見るの大変って言ってたもんね。

『そうだ!!』
 いいこと思いついちゃった!

 さっそく、お兄ちゃんの部屋に勝手に作った『ゆずは箱』からお絵かきセットを取り出して、ケーキが落ちないようにテーブルの下に広げる。

 一生懸命描いていたら、お兄ちゃんが背を向けたまま『柚葉も勉強か?』とおかしそうに声をかけてきた。
 お兄ちゃんのマネして、あたしも絵を描きながら応える。

『あのね、動物園で見たいものを絵にしてるの。これ持っていったら、見るの忘れちゃったーってならないでしょ。あ、そうだ! ソフトクリームも食べなきゃ。お兄ちゃんも見たい動物があったら言ってね。あたしが絵にしといてあげる!』

 お兄ちゃんの見たい動物はやっぱりライオンかな?
 それとも恐竜かな?

 …………。

 あれ?
 聞こえなかったかな?
 じゃあ、もう一回!
『お兄ちゃんも好きな動物あったら言ってね! なんだ、お兄ちゃん聞いてるじゃん』

 顔を上げたら、お兄ちゃんはちゃんとこっちを振り返っていた。
『お兄ちゃん?』

『あ、ああ……動物な』
 ハッとしたお兄ちゃんが椅子を降りて、あたしの絵を見に来る。

『お、キリンうまいじゃん』
『でしょー』
 お兄ちゃんに褒められて、えへへーとなる。

『そうだ! お兄ちゃんのために恐竜も描いとくね』
『え? 恐竜?』

『見たいでしょ? 男の子だし』
 くくっ、とお兄ちゃんが笑う。

『そうだな、男の子だしな。恐竜いるかな』