母さんは入院し、父さんも出張でいなくなった。

「イエ~イ! 今からオレは自由の身ぃ~」
 柚樹はラップっぽく歌ってテンションを上げる。

「な~にしよっかなぁ~」

 まずは、YouTube祭りでもすっかな。
 口うるさい母さんもいないし、風呂も歯磨きも面倒だからやらないことにしよう。

 すっげーオレ。超絶幸せじゃん。一人暮らし万歳!
 ぼふんっと、ソファにダイブすると、視界の端に作文用紙が映ってしまった。

『大切な家族について書きましょう』

 家族。

(普通に考えれば、生まれてくる赤ちゃんも含まれる、よな)
 ぶ~と、柚樹は唇を震わせたあと、一息に文句を吐き出す。

「ぜんっぜん、大切じゃねーし。お前なんか生まれてくんな! お前はオレの妹じゃねーよ、バーカ!」
 静まり返った部屋に、自分の声だけが響いて消えていった。

「……」
 むなしい。

(誰もいないと静かだな)
 柚樹の家はだだっ広くて古い。独りだと寂しいなと考えて、慌てて首を振った。

 一週間、アニメもYouTubeもゲームだって時間制限なしのやりたい放題、見放題だぞ。夜におやつもオッケー。なんならご飯がおやつもオッケー。風呂に入らなくてもオッケー。歯を磨かなくてもオッケー。オールオッケーだぜ。

『エロ出産』
 はしゃいでいるはずなのに、いきなり朔太郎の声が頭上に降ってくる。クラスのひそひそ話まで耳に聞こえる気がした。

(明日学校、さぼっちゃおうかな)
 憂鬱になった時、中庭に続く大窓の方で何かが動くのが見えた。

「?」
 柚樹は半身を起こして窓の先を凝視する。よく見ると中庭に誰か立っている。レースのカーテンが邪魔してここからでははっきり見えないけれど、まあ、父さんで間違いない。

「ったく、忘れ物かよ」
 仕方なくソファから立ち上がり、柚樹は大窓に向かった。

 秋山家の構造上、急な忘れ物の場合は中庭から入る方がてっとり早い。柚樹も登校時の忘れ物でよくやるのだ。
「だから昨日のうちに準備しなさいって言ったでしょ」と、もれなく母さんの小言がついてくるけど小学校には、ギリ間に合う。

「スマホの充電器だな」と、柚樹は推測した。父さんの出張時に忘れるグッズナンバーワン。

(ったく。しょうがねぇな)
 大窓のカギを開けながら「何忘れたんだよ。持ってきてやるから」と、柚樹は声をかけた。

「え?」
「え?」
 相手と柚樹は交互に声を上げ、見つめ合い、固まった。

 予想だにしない光景を目の当たりにして、脳がフリーズしている。

「……誰?」

 ようやく、柚樹の口から言葉が出た。

 立っていたのは父さんではなく、柚樹の家の近所にある聡明高校のブレザーを着た、目のぱっちりした見知らぬ女子高生だったのだ。