色あせたカーテンが真夏の風に揺れている。
 目覚めてみれば、私は見慣れた病院のベッドの上にいた。

 空調の効いた病室は常に適温で、細く開いた窓から入り込むぬるい風がなければ、季節がわからなくなってしまいそうだった。
 日差しは明るく、部屋の気温もほんの少しだけ高い。蝉もうるさく鳴いている。

 夏を感じる。

 それなのに、私はさっきまで冷たい冬の風を頬に感じていた。
 もちろん夢の話だけれど。
 体調が悪かったせいかしら、と首を傾げる。
 それにしても、と思わず笑みがこぼれた。

「いい夢だったわね」
 余韻を引きずって心がふわふわ軽い。
 手のひらに残る温かい感触。いかにも小学生の男の子らしい、低いソプラノの声も耳に残っている。

「本当に、夢だったのかしら」
 もう一度首を傾げた時、病室の扉がスーっと開いて「ママ~」と、おチビちゃんが駆けてきた。そのままバフっと布団に飛びつく。
「こら! ママは病気なんだからもっとそっとしないと」と夫が焦っている。
「ママ~」
 顔を上げたあどけないわが子。
 大きな目をくりっとさせて私をのぞき込んでいる。

「もう、ないてない?」
(そうだったわ)
 ここ数日の病状悪化のせいで、私は弱気になっていた。

 苦しくて、辛くて、悲しくて。

 たったひと月前の七夕が遠い昔のように思えて、悔しかった。
 自暴自棄になって、この子の前で弱音をはいて、泣きながらふて寝して……

(だからあんな夢を見たのね)

 幼子特有の細く柔らかい髪を撫でながら、「泣いてないよ」と私は笑ってみせた。
「ママね、すっかり元気になっちゃった」
 ぎゅーっと言いながら、愛しいこの子を抱きしめた。まだまだ幼い匂いがするな。
 ほんのり夏の大地の匂いも混ざっている。小さな手のひらの爪の間には、洗い残しの土がついていた。

「ほんと?」
「ほんと」
「やったー」
 無邪気にぴょんぴょん跳ねまわる姿も愛おしい。

 愛しい愛しいわが子。
 誰にも渡したくない。と、つい欲が出てしまう。

 あの時、最後の最後で、あの子に意地悪な選択を強いたのは、本当にあの子のためだったんだろうか。
「ママ、ぎゅーーーーーー」
「ぎゅーーーーーーーー」

 たとえ、どんな形でもいいから、と切に願ってしまう自分がいる。
 結局、母親なんて欲張りな生き物なのよね。と、微笑んでいた。