「どうした? 何かあったのか?」
「何があったわけでもないんです。ただ、私……お話についていけなくて浮いていたなあって。皆さん、育ちのいい上流って感じのご婦人ばかりで……」

私は向き直り、博已さんに頭を下げた。

「妻としての最初のお仕事だったのに、うまくできずにすみませんでした」
「なんで謝るんだ」
「だって、博已さんの役に立つために、結婚したのに……イタリアにきたのに」

全然上手にできなかった。博已さんの面子をつぶしてしまったようなものだ。
唇をかみしめる私の頭を博已さんがぽんぽんと優しくたたく。

「菊乃は充分頑張ってくれている。語学やマナーを学び、一緒に来てくれた」
「でも、協調しなければいけない場面で……できませんでした」
「気にしなくていい」

博已さんは見かね様子で私を抱き寄せた。まわされた腕は柔らかく、大事なもののように抱きしめられると、涙が出そうになる。そんなに優しくしないでほしい。

「大使夫人も参事官や書記官たちの夫人も、菊乃から見たら別世界の人に見えるかもしれない。だけど、菊乃は気おくれしなくていい。きみはそのままでいてくれたらいい」
「博已さん」
「俺がきみを選んだんだ。きみが嫌な想いをしたなら、責任は俺にある」

博已さんのせいじゃない。ただただ、自分がふがいないだけだ。かぶりを振る私を覗き込み、なだめるように博已さんは語りかける。