おそらく彼自身が理性的でいられるのは、女性としての私に興味がないからだろう。だから、三年きりの契約相手に選べたといってもいい。
何もしてこないのは、当然のこと。だから、なんとなくもやもやしてしまうのはお門違いなのだ。
たぶん……、私は少しずつ博已さんに惹かれている。もともと憧れの男性だった。会えた日はあたたかな気持ちと弾むような嬉しさを覚えた。彼に契約でも妻に選んでもらえて嬉しかった。
ふたりで暮らす居心地の良さを感じていた。正さんが家の前にやってきたときは仲裁に入ってくれ、守ってくれた。私に居場所をくれた。
だから、どこかで期待してしまったのかもしれない。ともに暮らすうちに彼が私に興味を持ってくれるのではないか、と。
彼が私に親切なのは、契約相手だからだ。特別な存在であるのは間違いないけれど、恋愛対象にはなりえない。それなら、私が勝手に盛り上がってはいけない。彼のためにも自分のためにもならないもの。
三年間のほとんどをイタリアで過ごし、私自身の勉強の日々にできる。こんなに素晴らしい経験に感謝こそすれ、寂しさなんて感じては駄目だ。

帰宅し、総菜以外の夕食の準備をしているところに、博已さんが帰ってきた。

「ただいま、菊乃」
「おかえりなさい、博已さん。見てください!」

私は夕食準備の手を止め、ダイニングテーブルに乗せておいた修了証書を掲げて見せた。

「イタリア語会話短期スクール、本日で修了証書をもらえました」
「おお、お疲れ様」