恩があって入った伯父の会社だ。自分が心底やりたかった仕事ではない。それでも四年間精一杯頑張ってきた。後継者は現時点では考えられないけれど、もどれば信頼し合える仲間と再び一緒に仕事ができる。
それは私にとって充分魅力的な誘いだった。

「伯父さん、伯母さん」

だけど、私はもう先に進んでしまったのだ。

「ごめんなさい。マルナカ弁当には戻りません。私、博已さんと結婚して、イタリアに行くんです」

三年きりの契約だけれど、きっと私には多くをもたらしてくれる経験になる。日本の外に憧れがあった。言葉の壁を越えて、世界を見ることができる。

「短大時代からお世話になりました。マルナカ弁当では四年間、大事な仕事を任せてくれてありがとうございます。今度は、博已さんの力を借りてですが、外の世界を見てこようと思います」

私の横でそれまで見守っていた博已さんが口を開いた。

「菊乃さんとは、マルナカ弁当の店舗で出会いました。彼女の接客している姿に私が恋をし、交際に発展しました。マルナカ弁当さんのおかげで出会えたと思っています。これからは、私が菊乃さんの支えになり守っていきたいと思います」

伯父が私たちを見つめ、はーと長く息をついた。それはどこか寂しげな様子だった。
それから伯父は口を開いた。

「菊乃をひどい目に遭わせ、今更のこのこ謝りにきた伯父の言葉ではないですが、……菊乃をよろしくお願いします。幸せにしてやってください」

伯父と伯母が深々と頭を下げる姿に、私と博已さんも頭を下げた。
ここが区切りだ。私は博已さんと進む。振り返る理由はなくなった。