内示から半月、俺の行先がイタリアだと決まった。
ここから半年は準備期間に入る。現地の言葉を覚えるのも大事な仕事だ。

彼女には転勤を言えないままだ。いや、言えなくてもいい。そもそも彼女と俺は店員と客。世間話はしても、お互いのことを話す理由はない。
俺は彼女の苗字しか知らないし、彼女は俺の名前も仕事も知らない。そんな間柄で、もやついた感情を抱えているのが変なのだ。

その日、いつも通り弁当屋に入って「あれ」と思った。彼女がいないのだ。
実は昨日もいなかった。一昨日は夕方に行ったがいなかった。
たまたまかもしれない。旅行や家族の用事などもあるだろう。しかしこの四年、まとめて何日も休むことがない彼女がいないのはなんだか妙に感じた。
夕方にもう一度来店するとやはり彼女はいない。
レジには見慣れない女性がいる。六十代くらいだろうか、厳しい顔つきをしていて、話しかけづらい。

「あの」

レジで唐揚げパックを差し出し、思い切って尋ねた。

「いつもいる小枝さんって店員さんはお休みですか?」

こんなことを聞いてストーカーとでも思われたらどうしよう。勢いで尋ねてしまってから慌てた。

「いえ、風邪かな、と。感じのいい店員さんで、いつも丁寧な接客を感謝していますので。その、気になって」

俺にしては口数多く、言い訳をしてしまった。それくらい狼狽していた。女性は怪訝そうな顔をし、それからふうと嘆息した。

「辞めました」
「え!?」