三月の夜は冷える。ため息をついて明日からのことを考える。どうしよう。
まずは仕事を探して、それから住むところを……。いや、逆でないとダメだろうか。それとも無職ではアパートを借りられないだろうか。
実家にはまだ連絡していない。
伯父は自分でしろと言い、それは伯父なりの最後の情けなのだろうけれど、そもそも私は何もしていないのだ。……いや、甘く見ていた。正さんはマルナカ弁当の後継者として私の存在に危機感を覚えていたのだろう。だから排斥に動いたのだ。偽の罪をでっちあげて、こんな悪辣な方法で。

「小枝さん」

その柔らかく低い声は、私の後ろから聞こえた。くるんと振り向くと、そこには思わぬ人物がいた。

「……お客様……」

あの人だ。いつも買いに来てくれる素敵なお客さん。
どうしてこんなところにいるの? ここは浅草で、日比谷公園前店からは離れているのに。そして私の名前を呼んでいる。

「加賀谷と言います。加賀谷博已」
「加賀谷さん、……ずいぶん長く顔を合わせているのに、お名前も存じ上げず失礼しました。今日はいかがされましたか?」
「マルナカ弁当を辞めたと……伺いました……」

彼は深刻な表情で私を見つめている。私の内面を見透かされたようで、敢えて明るい声で答えていた。

「あ、そうなんです。一昨日が最終勤務でした。今日は荷物を取りに会社まで来まして」
「急ですね」